ブログを始めたのはいいが、いろいろいじくりまわしてるうちに書いた記事を消してしまった。そして今度は管理画面に入ることができなくなった。サポートセンターとあれこれやりとりをしてようやく再開。結局、自分のPC音痴が原因だった。情けな…

気をとりなおしてまた始めよう。
先日、合気柔術の初稽古に行ってきた。今もあちこち体が痛い。筋肉痛です。特に首の筋肉が痛く、仰向けに寝ようとすると首が痛くて頭を支えることができない。手で頭を持って枕にのせる感じ。どんだけ体がなまっているのか。使った覚えがないのに太ももの筋肉も痛く、通勤も何か障害がある人のように歩いている。最初のうちは皆そうだといわれたが、私の場合はちょっと度が過ぎているような…。

合気柔術は、合気道のように関節をきめたりするわけではない(ちょっとはあるようですが)。信じられないことだが、ほとんど筋肉を使わないで相手を倒してしまう。筋肉を使わないのに筋肉痛というのもへんだが、自分の場合はまだ初心者なので、受身のときにふだん使わない筋肉を急激に使ったせいだと思われる。筋肉を使わないでどうやって相手を倒すのか。実は私もよくわかってないのだが、どうやら相手のエネルギー体というか気を利用しているようだ。

たとえば、私が師範の側頭めがけてパンチを繰り出すと、師範はまず腕で払うように受けて、そのまま私の手首を握り、私の腕を下に捨てるようにする。すると私は畳にひっくり返る。ほんとにスッ、ストンという感じ。なんというか、自分の体を肉体ではなく、気だけ(エネルギーだけ)にして、相手の体も同じようにして、そしてその気(エネルギー?)を操っているのだと思う。上級者同士の稽古を見ていると、相手にがっちりと両手で腕を掴ませ、そのまま片手で相手の体を軽く持ち上げたりさえしている。まるで相手の体に重量がないかのようである。どうなってるんだろうか。

合気柔術を始めようと思ったのは、目に見えない力に興味があったからだ。「気」もそうだろうし、サイコキネシスのような超能力もそうだ。なんだかわからないが、あきらかにある力があって、人間は自分の意思というか意識によってそれを使うことができる。

イエスが水をワインに変えたり、病気を治したりしたのもそういった力を使ったのではないか。現代にも、ブラジルの心霊手術師やある種のヒーラーのような、いわゆる通常の科学や医学の常識では説明のつかないことをできる人たちがいる。

マトリックス・エナジェティクスリチャード・バートレットもそうだ。

彼の「ツーポイント法」は、両手で相手の体のある2点に触れ、意識上でそれらをリンクさせるだけで、病気を治したりする(それも病巣そのものが消えたり、骨折ならその場で骨がつながったりする!)だけでなく、タイムトラベルまでできてしまう。つまり、患者なりがケガをする前の時点までさかのぼり、ケガ自体をなかったことにしてしまう! 量子物理学で説明はつくらしいが、いやはや人類はすごいところまできているようだ。というより、本当は誰でもできる当たり前ことがあきらかになってきたというべきか。

量子理論によれば、現実は誰にでも好きなように創造できるということになる。とまあ、それなりの本を読んでいる人にとってはもはや常識であろうが、私の場合、不勉強というか、一般常識の洗脳が解けてないというか、どこかにまだ疑いがあるようだ。それでもそれなりにいろいろ体験をしているので、今後、記事にしていくつもりだ。それはともかく、そういった具合だから、自分の頭で屁理屈をこねるだけではなく、身をもって体験しようと思ったわけだ。そこへ、たまたま知人が合気柔術に入門したというので、頼んで稽古を見学させてもらい、そのまま入門した。

初日の稽古は夜7時からだったが、稽古が終わったあとは皆で居酒屋に繰り出すのが恒例らしく、私も参加し、師範たちといろいろ話をした。予期していた通り素晴らしい人たちで、これからの世の流れというか人類の進む道(ちょっと大げさかしら)をきちっと見定めているようだった。合気柔術のことも量子理論と絡めて認識されているようだった。なぜあのようなことができるのか、という私の質問にも、あまり解釈しないようにとたしなめられた。ブラックボックスにはあまり立ち入らない。西洋はブラックボックスを細かく細かく分析しすぎる。「解釈」しすぎてしまうと可能性を制限することになる。

その通りだ。私はオノヨーコの「人間が想像できることは実現可能だ」という言葉を聞いたとき、本当にその通りだと思った。解釈、分析も必要だろうが、想像するほうが楽しいやね。

師範によると、合気柔術の達人になると、相手にどこを掴まれてもスッと倒すことができるという。
そしてその状態を「気の体になる」と表現するらしい。私は温かい焼酎を飲んで陶然としながら、合気柔術は古典物理学から量子物理学への橋渡し的な役割を担っているのかもしれないと思った(師範も同じようなことをいっていた)。しかも自分の体を使って実感できる。それから、いわゆるアセンションについても思いが広がったが、面倒だから考えるのをやめて酔っぱらうことにした。おいおい考えていくことにする。

11 thoughts on “気の体”

  1. SECRET: 0
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    はじめまして(^o^)/
    直接メッセージの仕方が分からなくて、
    コメントさせて頂きます。
    山田さまや
    chachaiさまの
    ブログファンで、リンクよりこちらへたどり着きました(^з^)-☆
    まだ最初の日記しか読まさせて頂いていませんが、
    合気柔術や目に見えない力等々
    とても興味を惹かれました!
    私自身、昨年暮れより合気道を習い出し、そういった面でも勝手ながら大変親近感がわきまし。
    山田さまやchachaiさまの様に覚醒しておりません、ただのブロガーですが、
    今後、コメントやメッセージ交換をさせて頂ければと思います。
    どうぞ、よろしくお願い致しますm(__)m

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    ゾロケンゴ様
    コメントありがとうございます。
    私自身ブログ初心者で、メールの設置その他よくわからず、
    失礼・非礼、いろいろカマしてるのではないかと思います。
    合気柔術はこのところ多忙(飲みすぎ?)でなかなか稽古に行けません。
    生活サイクルを変えなきゃダメかなとも思っております。
    今後ともよろしくお願いします。

  3.  西塚裕一様
     その後、合気柔術の修行は、新境地を開拓されましたか?
     私は、以前、宇城憲治先生の統一体をつくる連続セミナーに参加したことがあります。
     一対一で組みになって、あるいは一対複数で、技をかける方と受ける方に分かれて稽古します。
     技を受ける方は、普通に筋肉に力を入れて受けます。
     技をかける方は、脱力します。それから宇城先生が、技をかける方に気を通します。
     すると、素人が統一体になって気の達人のような技が可能になります。そのあとに、一人で同じことをやろうとすると、気を解き放てないので、できません。
     宇城先生は、気を通すと、「調和・融合の気」が細胞に刻み込まれるとおっしゃられました。
     その気を解き放つためには、心の持ち方を工夫しなければなりません。
     宇城先生は、「横着するな」と御指導くださいました。(私のためにあるような言葉です。)

     宇城道塾 <中級・上級> https://www.youtube.com/watch?v=W5q8cyu1rGA

    合気道は、関節技を使うと考えられていますが、実際そのような稽古もあるようですが、合気道開祖植芝盛平翁の演舞を見たら、私の拙い観察力では、盛平翁は、空間をねじって弟子を投げ飛ばしておられるように見えました。
     https://www.youtube.com/watch?v=6Eu5cQovwnk
     盛平翁を取り巻く空間には、合気が漲っているようです。
     合気について、物理学の重力の視点から考えてみます。
     重力の働きには、斥力はなくて引力の働きのみがあると超弦理論の解説書に述べられていました。
     盛平翁は、「合気とは、引力の錬磨である」と述べられました。
     盛平翁の言葉を、表現を変えますと、「合気とは、重力の錬磨である」ということになります。
     相対性理論では、重力が働くと空間が歪むということですが、空間をねじって弟子を投げ飛ばしておられるように見える盛平翁の合気と重力の力学に、どのような共通点があるのか関心があります。
     ちなみに宇城先生の著作の一冊に次のタイトルの本があります。
    『気と重力』。
    (おもしろいことに、物理学の世界では、今は、重力研究の第三期黄金時代だそうです。)
     好本健一

    1. 好本様

      コメントありがとうございます。

      武術、特に合気の世界は相当に深いものがあり、
      またさまざまな古今東西の武術とも関連していると思われます。

      空手でも柔道でも、少林寺でも太極拳でも、
      また欧米やロシア、ブラジルなどなど、
      どの国の武術でもそれぞれの深さがあって、
      さらに流派による探究があります。

      学問と同じで、深く追究するればするほど研究対象が細分化され、
      それぞれの対象に応じた専門家ができあがり、
      さらに流派ができあがります。

      それ自体はいいのですが、
      ともすれば我田引水、牽強付会になり、
      他の武術や流派を排撃するようになります。

      スピ系でも何でもそうですが、
      そうなることがとにかく愚かしく、
      でもその愚かしさに埋没する傾向が、
      私たちにはあるのだと思います。

      合気の世界は私には私なりの考えがありますが、
      その前に技の段階としてまだまだ学ぶことが多く、
      とても語れるものではありません。

      重力の話が出ましたが、
      重力とは簡単に言えば、
      おそらく「意識」のことだと思われます。

      西塚

  4.  西塚裕一様

     ご返事、ありがとうございます。

     改めて
     あらゆる旅には、
     その旅独自の、
     避けては通れない
     重要なプロセスがあり、
     それらのプロセスは、
     めぐりめぐって
     お互いのプロセスを支え合っているということを
     思いました。

     好本健一

  5.  西塚裕一様

     奥深い世界。

     ロシアの実践的格闘術、システマ。
     その創始者ミハイル・リャブコ師による棒技。
    SystemaRyabko Russian Martial Art Moscow боевые искусства
    https://www.youtube.com/watch?v=-WaTpwxUXN4

     脱力が生み出すシステマの技。
    Vladimir.Vasiliev – Strikes боевые искусства система Рябко
    https://www.youtube.com/watch?v=jpa3WknAwOM

    合気道の棒技
    合心館 杖技201206 その②
    https://www.youtube.com/watch?v=gjyfvnpUT6s

     好本健一

    1. 好本様

      URLありがとうございます。
      そうなんです。
      システマのリャブコ氏は私も以前から興味を抱いてました。
      合気との関連で調べようとしたことがあります。
      キリスト教とも関連してくるかもしれません。

      西塚

  6.  西塚裕一様

    「キリスト教とも関連してくるかもしれません。」

     このお言葉で、最初に思ったのは、

    「キリストの活人術」。

     安江邦夫氏のお言葉です。

     ミハイル・リャブコ師のハートには、ロシア正教の教えが生きているようです。

    「正教の静寂主義者の修道士たちは、呼吸を非常に強く意識していました。」
     http://systemablog.blog54.fc2.com/blog-entry-731.html

     キリストの教えを学ぶには、『心身の神癒』も、優れていると思います。

     植芝盛平翁は、合気とは、愛である、と述べられました。

     盛平翁は、ご存命でいらっしゃった一時期に、「大本」の故・出口王仁三郎師とおつきあいしておられました。

    「大本」には、複数の「型」のビジョンがありますね。そのひとつに、「出口直は旧約聖書の型」、「出口王仁三郎は新約聖書の型」、というものがあります。

     そうしますと、盛平翁も、キリストの霊統とご縁の深いお方のように感じられます。

     盛平翁が、晩年、懇意にしておられた宗教家五井昌久師は、(詳しくは知りませんが)毎日、キリストの愛を実践しておられたように感じます。

     すべての気の武術が、キリストの霊統とご縁の深いものだとは思いませんが、確かなつながりはある、というのも事実のようで、興味深く思います。

    脱力を踏まえて、気を解き放つには、「心の姿勢」が、決定的に重要になるようです。

     しかし、気を解き放つには、師匠の気の技を体験することが大前提ですね。

     合気の極意は、受けにある、と言われたり、宇城先生は、「師の一触」を重要視しておられますし、システマでは、ストライクと呼ばれる形でリャブコ師はシステマの技を受講生に伝授しておられますから。

     好本健一

    1. 好本様

      そうなのです。
      保江氏もキリストの活人術に触れています。
      好本さんは武術にお詳しいようですね。

      そのあたりに関しては、
      炭粉良三氏の「合気」シリーズの書籍があります。
      キリストの活人術に関してかなり興味深い説を述べられています。
      私は以前、全シリーズを呼んで驚いたことがあります。

      植芝先生の話もその通りですね。
      植芝先生に関しては、
      私の合気の大師匠にあたる錦戸無光先生からも、
      興味深い話を聞いております。

      師に触れるというのは大事です。
      私が所属している合気柔術の会の先生も、
      よく師匠の「手をとる」ことの大切さを話されておりました。

      合気に関しては、
      古代文明の叡智にまで遡りそうです。
      もっと言えば、
      高次元あるいは地球外生命と言われている存在とも関連すると思っています。

      西塚

  7.  西塚裕一様

     合気情報を、いろいろとありがとうございます。とても参考になりました。

     錦戸無光先生の技は、ビデオで見たことがあります。

     その合気は、植芝盛平翁の合気とも、翁の直弟子の皆様の合気とも異なりますね。

     錦戸先生の神秘体験には、とても関心があります。

     合気を体得された先生方は、(私は、数人のお方のエピソードしか知りませんが)、皆様、独自の神秘体験と言いますか、極限状況の乗り越えと言いますか、そのような体験をしておられます。

     私など、手が届かない世界です。

     話は変わりますが、「古代文明の叡智」には、当然、地球外生命体も関与していると思いますが、

     合気の起源は、そこまで遡るのですか。

     おもしろいですね。

     3月31日の集いに向けた期待が、さらに膨らみました。

     当日は、錦戸先生のご体験や合気について、少しでもお時間を取っていただけたら、とても嬉しいです。

     ところで、私にも大師匠が存在します。と言っても、個人的に、心の中で仰ぎ見ている大師匠ですが。岩根和郎先生です。武道家ではありません。実業家であり、科学者です。そして霊的修行者でいらっしゃいます。五井昌久先生とは、霊的に深い関係をお持ちですから、五井先生とのつながりで植芝盛平翁とも霊的ご縁は深いのではないかと推察しています。

     好本健一

    1. 好本様

      コメントありがとうございます。

      錦戸先生のビデオをご覧になったことがあるのですか。
      よほど武術関係にもお詳しいのですね。

      ぜひ、いろいろとお話をお聞かせください。

      西塚

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