だるまさんこちら向かんせ世の中は月雪花に酒と三味線…とまあ、こういきたいものです。

現実か?

もう 2 月も 17 日か。立春を過ぎてさすがに「時間」も新サイクルというか、12 月 22 日以降 1 月いっぱいくらいのぽわ~んとした時期を経てまた「時間」本来の仕事に戻りつつあるって感じだ。

「時間」といえばゲリー・ボーネルはいつも毛糸玉を持ち出す。我々は時間は過去から未来へと流れるリニアなものととらえるが、実際は 1 本の毛糸をくしゃくしゃに丸めた毛糸玉のようなもので、過去と未来は隣り合わせにあるし、糸と糸が重なってる部分にゲートウェイというかポータルがあって過去や未来にアクセスできるという。過去から未来へと順番があるかのように経験するのは、そのほうがこの3次元を体験しやすいと人類の大半が選択したからだが、それも今年から急速に変わっていくと思う。ってのは私の意見だが、これは私の個人的経験による。

のっけからカタいか。

ここ 2 日くらいものを食べすぎてちょっと頭がぼーっとしてるからキレがよくない(もともとか)。こういうことがときどきあるですよ。実は 2、3 年前から食生活が乱れているというか、ものをあまり食べなくなった。なんか食べたくない。というか、食べることを忘れるというか、気がつくと、ああ本来なら昼飯の時間だなとか、そういえば今日オレなんか食ったっけ?って感じで、ときどき生命の危機(大げさだが)を感じてあわてて食べたり、時間を空けずに二度飯を食べたり、全然腹が減ってないのに無理に食べたり、胃腸に負担をかけてる。しかも私の場合ほぼ毎日酒も飲むから、しかも夜だけとも限らないから、つまみとか食べてると、いわゆる飯を食べるリズムもタイミングも量もわからなくなってくる。まあ、それは今に始まったことではないが、とにかくものを食べるということになんというか執着がなくなったというか、重要度が下がったというか、どうでもよくなった。いや、ありますよ、どうしてもヤッコが食いたいとか、おでんで一杯やりたいとか、いっちょまえの欲望はあるのだが、なんか前とは違う。まあ、トシのせいだろうな。言いたかないけど。と言いつつ今もワインを飲んでるわけで。

つまらん話だな。なんかないか。あれだ、ロシアの隕石。あれはちょっとびっくりした。というのは、去年の笹子トンネルの天盤落下事故があったでしょ? あれから、天、つまり空から落ちる系の事故というか、現象が続くだろうというようなことを身内と話していて、だから飛行機とか隕石とか老朽化した橋やビルの崩落とか、そういったことに気をつけたほうがいいぞ的なことをほざいていた。というのはここ 2、3 年(またかよって感じだが)、相似象ということが気になっていて、フラクタルというのともちょっと違う。どちらかといえば出口王仁三郎の大本とかが言ってることに近い。つまり、ある事象が起きるとすると、そのパターンというか型体というか構造が波及する、連鎖するということがあって、とにかく似たような現象を遠からず現出せしめる力学というか法則があるように思うわけだ。これは、大本で言うところの雛型理論と同じだ。大本の場合、大本に起きた三度の弾圧が雛型となって日本が戦争に巻き込まれて行くことになり、ひいては日本に起きることは世界でも起きるというような相似象の話になるわけだが、そう大きな話ではなくても、例えば家で起きたちょっとしたトラブルと同じ構造のトラブルが職場で起きたり、あるいは飲み会で起きたりするようなことがここ数年、世の中で頻繁に起きているように感じていたわけだ。

とは言ってもいちいちチェックして生活しているわけではないからあれだが、ふと気づくというか観察するとかなりの現象が何かの相似象になっていて、ヘタすりゃ世界は無数の相似象の重なり合いとも言えそうだ。たぶんこうした考えは珍しくもなんともないだろうと想像できるし、当たり前だとも言われそうな気もするが、でもこれはけっこうデリケートな問題をはらんでる。と思う。だって、こういうことはその観察者の見方というか捉え方の深度でかなり微妙になるからだ。相似象であることを感じ取れる感性とかセンスって話になると、基準がないから、ただの考えすぎだとか、逆にわからないとお前は鈍いとかの話にもなりやすいし、最悪、世の中の現象をなんでもかんでも自分と関連づけてしまう関係妄想として精神病扱いにもされかねない。

また話がずれるな。いや、さきの相似象の話ですけどね、家庭で起きた事象の相似が外出先で散見されるといった話以上に、さらに実は、人の内面で起きている事象が相似象として現実化しているということのほうが重要なわけだ。これはこれまでも記事にしてきたゼランドなどの話と同じで今さら感があるが、何が言いたいのかというと、想念、思考が現実化するというのはもはや疑うべくもないのだが、実際に現実化させていくにあたって、現実化させる者の責任というのがかなり重要になってくると実感として思うわけだ。これはけっこう身の引き締まるようなことではないか。想念の現実化は、エゴから発せられる場合は現実化にはいたらないとか、現実化されたとしても、エゴなり邪悪な動機に基づいた現実化であれば、3 次元的な因果応報に従って受けるものを受けとることになるとか、いろいろ各人による解釈なり解説があるが、共通して言われることは責任がともなうということだ。

 

(略)日々これを行なうことに努めれば、日常的な出来事の裏に隠された現実とその複雑さを垣間見るようになる。ものごとがあなたに対して起きることはなくなる。逆に、あなたが宇宙エネルギーの創造的な使い方について責任を取るようになるのだ。

『マトリックス・エナジェティクス2』リチャード・バートレット

 

老師:宇宙とお前自身が教師なのだよ。お前と宇宙は、直接経験を供給する経路なのだ。この経路は、動的かつ不動で、疲れを知らずに絶え間なく要求に応じている。(略)

弟子:つまり、先生は、私に宇宙のもっと積極的なパートナーになるように教えているのですね。

老師:お前が宇宙とパートナーであるという能力に責任と信頼を加えるのだ。(略)

『ウィングメーカー』リリカス対話篇

 

(略)古代、日常生活のさまざまな側面で助けてもらえる存在として人類が生み出した神々がいます。召喚できるなら、呪文で呼び出す存在であれ、エレメンタルと呼ばれる精霊たちであれ、宇宙存在であれ、あなたの指令を取り囲む時間の境界線を崩し、あなたにパワーを授けて現実化を促進するものであればなんでもかまいません。

 たとえ私たちが存在を「創作」しても集合的にその存在に帰依することで力を与えるなら、それは集合記憶の一つとなりそのものの生命を生きはじめるのです。この存在が集団によって形を与えられた(物質化された)場合、生まれた時点で付与された多面的な特質を示します。(略)

 非常に大切な点は、あなたはこれらの召喚されたすべての形体を保護する者だということです。そして集団としての物質化を行なった場合、あなた方の被創造物の行動に対してそれぞれが同等に責任をとらなくてはなりません。

『アトランティスの叡智』ゲリー・ボーネル

 

まだあるが、要するに想念を現実化するのはいいが、その現実に対しては責任がともなうよということだ。してさらに、その想念の現実化のメソッド、方法論は?となれば、これは誰もができることだし、だからこそ微妙に封印というか秘匿というか、要するに微妙に隠されてきたわけだし、とは言え、人類の所業を見るにこのままだとダメだこりゃ系かもしれんぞということで、犬が水気をはらうときのように地球がブルっと身ぶるいして、私のようなただの酔っぱらいや原発施設をふっとばさねばならないから、気の毒に思ったクニトコタチノミコトや銀河連邦の宇宙人がここにきて急速にメッセージを降ろしはじめたわけだろう。わかるやつだけでも身魂を磨いてくれよとか。光ってないと目印がなくてわからないよとか。どうやって身魂を磨いて光らせるのかってことは、それこそ何百冊も本が出てたりブログで紹介されたりしているし、どれが本物かなんてことは私にはわからないが、だいたいが本物はシンプルだ。仮に私がわかっていたとしても、♪ わかっちゃいるけどやめられないアソレってタイプだからマジでダメだこりゃな酔っぱらいなわけだが、酔っぱらいはいいが、ワインでホントに酔っぱらってきてるわけで、あれも書こうこれも書こうと思っていたことがすっかり飛んでしまってる。

支離滅裂になる前に終わろう。

っても、最初の隕石の話も中途半端だし、ひどいねどうも。

まあ、とにかく意識的であるということだろう。前にも書いたが、夢の中でこれは夢だと目覚める明晰夢の要領だ。明晰夢は思念したことが即、現実化する。もちろん夢の中での話だが、目が覚めたら現実に戻ることがわかっている。これを現実でやるってことだが、はて・・・。

 

この今にあって、われらの任務はほかならぬ覚醒であり、われらはこの迷誤に対する争闘が育てあげたすべての力の相続者である。

『善悪の彼岸』ニーチェ

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