いいかげん、なんちゃって時事放談はもうよすが、どことなく日本国内の “嫌韓” ムードが和らいできたかのように思えるのは、それこそいいかげん国民も飽き飽きしてきたからだろうし、メディアでもある種の本能的な “抑止力” が発動されてきたことにもよるが、何といっても文大統領の強気というか強引というか、例のイケメン教授の法相任命を断固強行したことによって、韓国国民の攻撃の矛先が文さんに変わったことにもよるだろう。

イケメン教授の奥さんが検察に在宅起訴されたりして、検察側と文大統領政府側がどんな関係になってるのか私にはよくわからないが、よい関係ではないことはわかる。

しかし、大丈夫なのだろうか。

いや、ヘタすりゃ軍部によるクーデターが起きやしないかと安じる昭和のオッサンがここにいるわけだが、これは日韓の政情にウトいオヤジのただの見当はずれなのかもしれないが、ただではすまない気もしないではない。

韓国国内の景気の具合や若者たちの鬱憤を思えば、文さんの次の一手(あるいはトンデモ発言)によっては、学生の大規模なデモくらいではすまないミリタリー系の暴発を生み出す可能性が大いにあるように思うのは、私だけだろうか?

願わくば、こと今回に関しては、若者は日本のほとんどの若者のように適度にシラけておいて、SNS を中心にメディアを駆使した主張や、来年の総選挙やその先の大統領選挙の投票などを通じて、行動を示すという方向に向かってほしいものだ。

青筋立てて息巻くのは一部のネトウヨや “プロ” の活動家くらいで十分であり、健全なる韓国国民は冷静な観察者たる立場から言動してほしいって、これはほとんど日本も同じだ。

香港のデモもあったというか今もあるが、そんな “ムード” がアジアにあるだけにちょっと気になるところである。

昨夜、あるサイキックと酒を飲んだが、てかおごってくれたのだが、ってこれは最近恐ろしいことに微妙に慣れてしまって、女性と仕事関係者と年下の者にはお金を支払わせたことがなかった自分とは到底思えない感覚なのだが、貧すれば鈍する、いやあ日本のことわざはすごい。

ともかく最近、サイキックと飲んで必ず出てくる話が、世間のサイキックでも霊能者でも呼び方はいいが、彼らがもたらす言動はどこからもたらされているものなのか、ということである。

いや、厳密にいえば、誰でもどこかからか情報を受けているというか、指令というとこれまた昔の “電波系” のようで具合がよくないが、いろいろな言動をもたらしている発信元のようなものがある。

それもとことんたどれば “創造主” としかいえないようなものにつながるわけだが、いってみればその創造主からある種の伝言ゲームのようにして伝えられて、白 → 白 → 白 → 白ときたものが、伝わる寸前でバイキンマンのようなイタズラ小僧が最終的に「黒 ♡ 」といって伝えたりするもんだから、ややこしくなる。

しかし、人は創造主から直接 “サイン” のようなものとして有意なことを伝えられることもあるし、バイキンマンが「黒…」といいかけたときに横からドキンちゃんが飛び蹴りを食らわせたりもするから、どうにかこうにか前に進むことができているのだ。

また、あるサイキックには創造主から 99 %伝わり、別のサイキックには 80 %伝わり、また別のサイキックには 60 %だったり、40 %、20 %、5 %だったりする。

そして、各サイキックが人々に自分が得た情報をもたらしたりするわけだが、人によってはそのサイキックに伝わった 5 %の情報を聞いて、60 %までわかってしまう場合がある。

でも、5 %の情報しか受け取っていない(受け取れない)サイキックは、聞き手が 60 %の内容について話しても理解できず、自分の 5 %の情報に固執するから、聞き手の話を信じなかったり、拒絶したり、間違っていると指摘したりする。

で、そのやりとりや構図は、80 %の情報を受け取っているサイキックや、20 %や 40 %の情報を受け取ったサイキックから情報を聞いても、80 %までわかってしまう先の聞き手のような者には、ものすごくよく “見える” ことなのである。

だから、その “見える” ようなサイキックや聞き手が何人かいれば、ある人に “降りている” 情報がどういうものなのか、どのあたりから “来た” ものなのか、ということがわかる場合がある。

てか、だいたいわかる。

じゃあ、アンタと酒を飲んでるとかいうサイキックたちはどうなの? “見える” んかーい?といわれそうだが、それはおいといて、少なくとも話し合うための共通の “素材” や “要素” は持っているとはいえるだろう。

素材とはそれこそ情報だったり知識などであり、要素とは経験や能力といったものだ。

そして、このことはもちろん私個人の見識によるものであり、結果的に論証することができる案件を比較的多く経験しているということにすぎず、科学的に証明できるものではない。

すでに 9 月の 1 日は過ぎてしまったが、9 月 1 日はご存じのように大正 12 年には関東大震災が起きた日であり、また今からちょうど 80 年前の 1939 年には、ナチス・ドイツ軍がポーランドに侵攻した日である。

おそらく、9 月 1 日にはテレビで両者の特集番組などが放送されたりしたのだと思うが、ナチスといえばヒットラーだが、ヒットラーに “降りていた” 情報は、その後に起きたさまざまな事象とは本来関係のないとまではいかないが、方向性としてはまったく違うものだったという情報もある。

これはすでに書籍でも、たとえば落合信彦氏の『 20 世紀最後の真実』や五島勉氏の『 1999 年以後』でも一部いわれていることでもあるが、ほかの文献と合わせて照合・検証していくと、とんでもないことが浮かび上がってくる。

これは『「盤」レポート』の 0 号の内容とも思いきり絡んでいるのだが、また次号ではどうしてもそこに行かざるを得ないのだが、かなり何というか、まあ危ないともいえるわけだ。

そしてそれは、今の政治的な状況とも無関係ではないと思われるのだ。

で、先のサイキックとも話したという、彼らがもたらす言動はどこからもたらされているものなのか、については、やはりそれなりの場を設けて早急に検証する必要がありそうなので、近々、『盤』を再開しようかと思っている。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です