昨日は合気柔術の2回目の稽古。実は先週、アスファルトで酔っぱらってすっころんで左足の膝と尾てい骨をしたたかに打ってしまった。そのときは酔ってるから、あ、痛ぇ! で済んだが、翌日見ると膝が腫れて血が出ている。これは、次の稽古はできないんじゃないかと思った。だって受け身とれないだろう、痛くて。

でもまあ、そこは根性でのこのこ出かけたが、やっぱりダメ。最初はよかったが、師範にスッ、ストンとやられたら尾てい骨にガーンときた。座とり(正座でやる)にしましょう、ということで何とか稽古してもらった。

ケガといえば、去年だったか、パワースポットの本(けっこう売れた。それからちょっとブームになったし)で監修してもらった天野雅道さんもいってたが、これから(アセンションに向けて)、病気とかケガ、トラブルなど、ネガティヴな体験をしていく人が増えるだろうが、それは必ずしも悪いこととは限らず、その人のカルマ(業)を清算しているのだと。これまでだったら、そういうことはある程度時間をかけて起こるのだが、アセンション期間に入ると、人によっては早く清算させようとして、そのテのことがいろいろと起こってくるらしい。
アセンションについてはまた別の機会に書いてみたい。

たしか東洋医学でも瞑眩(めんけん)といって、具合の悪い体に何か施した後、症状が一層悪化することがあるが、それはいわゆる好転反応で、悪いものを一気に出して体をもとに戻すという自浄作用らしいから、先のケガの話も同じようなことなのだろう。そういうことだから、私も清算清算と喜んでいようと思うが、いまだに痛くて、先週首が痛くて寝るときに頭を持ってたように、座るときに手を突っ張って尻を持ち上げて腰かけてる。情けないことこのうえない。

それにつけても合気柔術のすごさよ。相手の肉体ではなく、肉体を流れてる、といっていいのか、取り巻いてる、といえばいいのか、よくわからないが、とにかく気(エネルギー)のようなものをとらえなくてはならないから難しい。それをとらえたときは、私のような初心者でも、ほとんど力を使わないで相手を倒せる。

師範や兄弟子には、そうそれそれ、その感じ、といわれるのだが、私自身は目が点で、何の手ごたえもないのだから何がいいのかわからない。もう考えるのをやめて、バカになって同じようなことをするしかない。
まだまだ習得への道のりは長そうだが、とにかく続けることにしよう。

しかし、最近テレビがほんとに面白くない。まあ、一部のドキュメンタリーとかドラマとか海外の番組で興味深いものもあるが、特にバラエティ関係、お茶の間ニュース的なやつ(コメンテーターが何人か出て何かいう)は、もうなんというか、ギャグですらないような…。玉蔵さんじゃないが、たしかにシュールともいえる。

こいつらに魂というものがあるのかな、と思ってしまう。ちょっと違うな。出演してる人たちも自分の役割を一生懸命演じてるのだろうから、個人的にひとりひとりの人間性のようなものに対してとやかくいいたいのではなく(だいたいその人の人間性なんてわからないし)、その番組のノリというか流れというか、構成といったらいいのか、こうしたらこう反応してこういうふうに持っていって視聴者はこう受け取るだろう、というようなものが絶望的に古いというかズレてる気がしてしょうがないのだ。これは誰が悪いのか。いいとか悪いという問題ではないのかな。視聴者が求めてるから内容もこうなるのか。そうじゃないだろう。やっぱり番組を創ってる側に問題がありそうだ。何か面白いもの、を創造できなくなっているのではないか。これまでの既成概念を超えて想像するという力が、そういうものなくしては成り立たないはずの仕事に従事してる人たちになくなってきてるとしか思えない。

考えてみれば、大企業だったり高年収だからという理由で会社を選ぶようなことになってしまったツケなのかもしれない。いわゆる大会社に入ること自体が目的だから、ソニーとフジテレビと講談社とキリンビールを受けたりする。景気がいいときはそのまま与えられた仕事をこなして高い給料を貰ってればよかったが、不景気でどん底のときは、その業界や会社の生き残りがかかってくるから、世の中の流れを捉える力とか斬新な発想力とかとんでもない企画を実行してしまうと突破力とか、そういうものが切実に必要になる。というか、それがないとその業界なり会社はまずつぶれる。

やはり人なんですね。人材という言葉は使いたくないけど。ちなみに、講談社とか書いたが、並べるのはちょっとおかしいね。出版業界なんてちっぽけなもので、全部たばになってかかってもキリンビール1社の売り上げにもならないだろう。そんな業界の片隅で生きてますです。

話がしみったれてきた。落語だったらここで八五郎が都々逸のひとつふたつかますのだろうが、こちとら無粋な酔っぱらいだからなあ

あ、あと、『森の魔法』でchachaiさんのコメントを見て思い出したけど、雲は消したり出したりできます。

知ってる人は知ってるけど(当たり前だ)、水の結晶の研究家で有名な江本勝さんがいっている。空に浮かんでる雲の中から適当なのを見つけて、その雲に念のようなものを照射して消してるイメージを送る。そして、雲が消えました、ありがとうございました、と声を出して過去形でいう。そうすると、しばらく見てると雲が消える。これは誰でもできます。ウチの娘でもできる。不思議だけど本当だからしょうがない。

江本さんにいわせると、一時期これがはやって、ある学校では「雲消しは禁止」になったらしい。
その話は知らないけど、なんか楽しくありません?

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