昨日(じゃないな、もうおとといだ)は玉蔵さんやバカボン山田さん、小麦ちゃんたちのパスヘブジョイント嬉し嬉しコンサートだった。どうなっちゃうんだろうといろいろ懸念される中、2012年1月6日、見事、のろし(何の?)をぶち上げてくれました。玉蔵さんパスヘブを始め、関係者みんなの思いの成果だろう。玉蔵さんは、ブログを書いてるときもそうだが、何か自分が書いてる、自分がやっているという気がしないという。なんだかわからないが突き動かされるものがあって、自分はその思いに従っているのだという。そうせずにはいられないのだ。誰もが納得するような、いわゆる世間的に合理的なところではないところに根ざしているようだ。その思いを伝える難しさみたいなものは、玉蔵さんのブログとはうって変わって訥々とした語りからも感じられ、そのぶん思いの深さも伝わっくるようだった。

ヴァジム・ゼランドも自分の本について、この本にあるような内容は決してひとりの個人が思いついたとか、発明したとか、発見したというような類のものではない、と似たようなことをいっている。「自分」といったようなものを超えたところから届いているということだろう。

だいたい、これは自分が、あるいは誰かが最初に作ったとか言ったとか書いたとか、そういうことに過剰に重要性を置くのはなにかエネルギーの使い方を間違っているような気がする。たしかにそういうことで成り立ってきた時代とか世界もあったし、それはそれできっと何か意義があったのだろう。著作権とか、権利関係がそうだが、もう、ちょっと違うんじゃないか。「所有」という概念自体がズレてきている気がする。お金を出したからここからここまでは自分の土地だとか、海で泳いでる魚を大量に獲っていくらですって売るとか、もともと誰のものでもない、それこそ天からでも神からでもいいが、最初から自然にあるものを人間の都合で勝手に売り買いして、やれ環境破壊だ保護だと騒いでいる。今のようなお金のシステムも所有権という概念もなくなれば、自然にあるものはもっと大事に扱われてみんなで共存していく方法を模索するだろう。乱獲したり勝手なことをすればみんなが同じように困るからだ。お金に換えることができるとなれば、人より多く獲ってより多くお金に換えたくもなる。

土地や食べ物だけではなく、人も、たとえば子どもとか奥さんとか旦那も、所有という観点から考えて見ると面白いかもしれない。それこそ家族とは何だ?ということになるからちょっとヘビーか、これは。でも、昔は、東海アマさんが講演でいってるような村の夜這い制度の話を持ち出すまでもなく、普通の町中で遊んでる近所のガキは悪さをすれば普通に他の親からも怒られたし、他の子どもでも見知らぬ大人といれば、そのおじさん誰だい、と普通に警戒されたりして、疑似家族みたいなところがあった。同じ町内とか地域とか、近しいエリア内でのお互いの共存関係意識というか仲間意識があれば、なんとなく共通した利害も生まれるから住民にもそれなりの責任感が生ずる。地域としての仲間意識がなく近所づき合いも希薄であれば、家族至上主義になって自分の家族だけよければいいということにならないか? もちろん自分の家族を優先するだろうが、仲間意識があれば他はどうでもいいというところまではいかないんじゃないかな。

所有ということでいえば、自分と血がつながった子どもだから自分のものなのか? 自分と結婚してるから、あるいはつき合ってるから自分のもの? 子どもだっていくら血がつながってるとはいえ、アル中で生活力のない父親とパチンコ依存症の虐待母のもとで暮らすよりは、子どもができないまともな夫婦に預けられたほうがいいだろう。違うかな。でも昔は普通に養子ってあったし、生みの親より育ての親とか、遠くの親戚より近くの他人とか、血の繋がりはあまりアテになんないよってな言葉もある。

また話がとっちらかるが、とにかく人間でも魚でも土地でもなんでも、あらゆるもの同士が無駄に争わず仲良く和していくには血の繋がりとか所有の概念は邪魔というかいらない気がする。少なくともあまりこだわらないほうがいいのではないか。先の著作権とか知的所有権などもこれからはどんどんなくなっていくと思う。というか主張する人が減るんじゃないかな。放棄するとか。そういうものにこだわることが苦しい、不快だと感じる人が増えてくるような気がする。特許なんかもそうだろう。どれもこれもそれらにまつわるお金を独占できるという権利だから、そういうことが気持ち悪いという感じ。

玉蔵さんのいう自分が書いてるという気がしないというときの「自分」とか、ゼランドがこういうものは個人の考えではあり得ないというときの「個人」とは何なのか。いわゆる「私」というヤツ。近代的自我ということなのかもしれないが、日本人にはもともとそんなものはないという話がある。大澤真幸の『社会は絶えず夢を見ている』によると、もともと日本語には西洋語でいう意味での主語という概念はなかったらしい。西洋語の文は原則的にすべて主語から始まり、しかも主語は名詞で文頭に置かれるが、日本語にはそういう文はなかった。じゃあ日本はいつから西洋語のような主語を使うようになったか。どうも「大日本帝国憲法」あたりかららしい。明治22年だ。

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依り皇男子孫之ヲ継承ス
天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

「~は」が連続しているが、この文は当時の日本人にとっては相当違和感があったはずだという。それまでこのように「~は」で主語が続くような文がなかったからだ。大日本帝国憲法の約20年前の同じような公的な宣言文「五箇条の御誓文」ではどうか。

広ク会議ヲ興シ、万機公論ニ決スヘシ
上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ

たった20年前なのに「~は」の文がひとつもない。もっと古い「武家諸法度」(1635年)はどうか。

文武弓馬の道、専ら相嗜むべき事。
大名小名、在江戸交替、相定むる所なり。毎歳夏四月中、参勤いたすべし。

もっと古い7世紀の「十七条憲法」。

一に曰く、和を以て貴しと為し、忤うること無きを、宗とせよ。
二に曰く、篤く三宝を敬え。

いずれも「~は」の文はない。なんで明治中期に日本人にはとてつもない違和感をもたらしたはずの「~は」で始まる主語の文が出てきたか。翻訳文だ。大日本帝国憲法はドイツ人法学者が試案を作っている。初代内閣総理大臣の伊藤博文はそのドイツ人から教わったらしい。まあ、明治といえばイギリスに留学してた夏目漱石だって「吾輩は猫である」だからな。つまり主語なんてものは最近西洋から入ってきた概念だということだ。それまでに長い長い間、日本にはそんなものはなかった。よく、主語がない!とか、主語をいえ!とか、得意げにまくしたてるヤツがいるが、お前は外国のスパイかと。日本人はもっとおおらかな自然に溶け込んでるようなところから言葉を発していたのだ。西洋ふうの論理的な文法に則った言葉を話しだしたのはたかだか100年だ。日本人の記憶というか遺伝子には、自分とか個人とかいったいわゆる私的な概念が希薄で、もっと大きな自然というか宇宙的なものと脳だか心だかが奥で繋がっていて、そこを通してなにかを感じたり、衝動が湧いてきたりするんじゃないだろうか。

あまり大げさなことをいうつもりもないし、たしかに主語がないといいたくなるような主体性のないヤツもいるし、日本人の遺伝子とかなんとか、さっきさんざん血の繋がりがどうのこうのといったことと相反するような気もするが、いいたいことはわかってもらえるとおおらかな日本人に甘えることにしよう。しかし相変わらず話がまとまらんな。要するに、理屈であれこれ考えて行動するというよりは、これからは常識的にはありえないようなこととか、はっきりいえば常軌を逸してるといわれるかもしれないようなことでも、自分の奥から湧き出てくる抑え切れないものによって行動する人が増えてくると思うわけです。そういったもののひとつが先の玉蔵さんたちのイベントだったのではないかといいたいのでスた。

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