またもや一週間。飲んで騒いで、丘にのぼれば、はるか国後に白夜は明ける。いや、意味はありません。

私は、本当にただの酔っぱらいなのだろう。最近つくづく意味なくそう思う。

ところで、前にコメント欄にて『火水伝文』の存在を知らされた。私は全然知らなかったので、さっそく読んでみて驚いた。震撼した。これは、とどめの神示といわれた『日月神示』のいわば続編で、『日月神示』が日月の経綸の計画とすれば、日月の経綸のワケ、らしい。『火水伝文』の神、国常立大神がそう言っている。そして、『日月神示』は浴び、『火水伝文』は歩め、ということらしい。つまり行動の書だ。ちなみに火水伝文は、ヒミツツタエフミと読む。

何が震撼とさせたかというと、今まであっちゃこっちゃ読んできた中で、それなりに私の灰色の脳細胞(ポアロをマネしたのわかります?)やおそらくまっ黒けっけの私の腹にしみ込んできたものがトータルに絡み出し、何かしらの形となって発動しそうになったからだ。

今、これはどうしたことかと、これまで読んできたものや考えてきたことなどを有機的に紡ぎ直そうかと思っているのだが、どこまでできるものやら。なんせ勉強嫌いの積んどく乱読だからね。でも、おそらくそうじゃないのかなと思っていたことがここまではっきりと書かれているのはある種恐ろしくもある。だって、あとは実行あるのみで、実はゼランドのトランサーフィンもそうなのだが、何と言うか、現実を創造するということは、すべて、そうすべておのれにかかってくるので、とんでもなく責任が重くなる。責任っても自分に対しての責任で、選択・意図したことがすなわち即自分に返ってくるというだけなのだが。まあ、責任が重くなるなどと言ってるくらいだから、私がどれだけヘタレなのかが知れようってもんだが、まあそういうことだ。

何を言ってるのかわからないとは思いますが、知ってる人はともかく、『日月神示』を読んだことがあってまだ『火水伝文』を読んだことがないという人がいたらぜひ読んでみてください。絶版のようだが、ネットで全文読める。今後、もう少し整理ができたらブログにも書いてみます。

話は変わるが、このIn Deepさんの記事なんかを見ていると、まだまだ地球にはわけのわからない生き物がいるのだなあと感心する。ハワイのオアフ島に今、生物学者も知らない謎のカニ系生物が100万匹単位で侵略しているのだという。侵略かどうかはともかく、写真も動画もあるので本当であることはたしかだ。手の平にのせてる写真を見ると、小っちゃくてなんかヤシガニとかヤドカリ系の超小型版みたいでかわいかったりもする。宇宙人じゃないのか、本当は。それも記事によると、その行動が自発的というよりは何かに動かされてるようだみたいなことが書いてあるから、余計興味がわく。何が起こっているのか。

それで思い出したが、たしか海のイカも不思議で、あのイカの目玉はよくわからないというか、目であることはたしかなのだが、脳との繋がりないというか、目の構造とか神経的なつくりはかなり複雑で高度なのだが、それと比較して脳はとて原始的でおそまつなんだとか。昔、中沢新一がどこかでそんなことを書いたか言ってたかしてた。だから、イカの目はなんであんなに高度である必要があるのかがわからない。そこで中沢氏は、それは地球の目だと言ったのだ。

中沢新一はけっこう好きというかかなりファンで、初期から著作はほぼ全部持っている。ロマンティシズムやセンティメンタリズムにすぎる部分もところどころあるのだが、私はそこが好きだったりする。

そにしても、イカの目が地球の目かもしれないなんざあいいじゃないですか。インディゴブルーの海の中で膨大な数のイカたちが回遊しながら目を輝かせていて、それを通じて地球が…何を見ているのだろう? それはわからないが、なんかいいなあと思ったのを覚えている。だからその話も覚えていた。イカって、ホタルイカなんかも青く光ってすごくきれいだ。ホタルイカの季節になると、富山の夜の海がぼっーと青く輝いている映像なんかが流れて、それを見ると何かロマンティックな気分になる。なんだか今日は少女趣味っぽい感じもするが、まあいいか。とにかくイカの体は透き通ってもいるし、どこか清潔で美しい。かと思えば真っ黒なスミをぶちまけて姿をくらます忍者のようなところもある。それにうまい。酒のツマミにゃ最高だ。ああ、酒が飲みたくなってきた。

どうしてイカの話になったのか。
とにかく地球上にはいろいろな生き物がいて、まだまだ発見されてなかったりする生物もいそうだ。そういった生物がこれからもどんどん出てきてほしいね。地球のことはたいがい知ったような気になってる人間が、なんじゃこりゃ!とぶったまげ、専門家がそれまでの学問じゃまったく説明もできず、うーむと腕組をするしかないような生き物の出現。それもひとつの天変地異だ。地震や火山の噴火、洪水もいいが、いやよくなくて、そういう大量の人間が死んじゃうんじゃなくて、なんだかわからない生き物があっちゃこっちゃに現われて、それなりの被害があって、それらを殺すのではなく、よくよく考えて、ああこれはわれわれ人間が自然のバランスを崩したからだと気がついて、みたいにうまくはいかないか、やっぱり。

いつもながらというかいつもより話がバランバランだが、前にゼランドに絡めて重要性の話をエラソーに書いたことがある。ふとYOU TUBEで見つけた下の中国で少林寺拳法の指導をしているビデオ。後半、6分を過ぎた当りだけ観てもらえばいいのだが、武道の達人ともなれば、というか武術というものはその習得度にしたがって、おのれの内面のバランスを保てるものなのだなあとつくづく思ったしだいです。私のような未熟者は、即谷底に落ちてるね。日々の日常もこの少林寺の青年たちのような心構えで渡りたいものです。

過去記事

重要性
編集できずすみません。6分から見てもらえればいいです。

2 thoughts on “火水伝文”

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