あわわわわ、何だこのスポンサーサイトってのは? 

と思ったら、1ヶ月以上更新してないと掲載されるのだと。

っても別に FC2 やスポンサーが悪いわけでもなく、私がまたしてもいい歳して怠慢かましただけのことだ。

前回までに何回か酔っ払って記事を書いてグダグダになった経験から、やっぱシラフで書こうと思い直したのだが、そのシラフの時間がなかったという恐ろしい話だ。いやはやなんとも・・・

たしかにこの 2 月 3 月は公私ともに外交関係があわただしかった。お察しのとおり、酒飲む日が多かったということだ。それにしても自分でも呆れるほど酒を飲む。本当にもうトシなのだからいい加減にしろよとカミさんでなくても思う。そのせいか、アル中ハイマーどころか最近は目だか脳だかよくわからんが、世界がおかしく見える。道を歩いていると地面がすぐ目の前に見えたりする。自分は地面と直角に立って歩いているはずだろうに、なんだか自分の身長が縮んで、しかも前倒しに地面と 20° だか 30° くらいの姿勢で歩いているような気になってくる。だから地面がよく見える。100 円玉が落ちてたらすぐ拾えるね、今なら。

昔のドリフやマイケル・ジャクソンじゃあるまいし、人間そんな姿勢で歩けるはずがないんで、さすがに不審に思って、これはとうとう来るところまで来てしまってなんかの病気なんだろうと思っていたが、ちょっと意識すりゃ大丈夫だし別に支障はないからほっといたのだが、仕事絡みの話もあったのでこないだバカボン山田さんに相談した。合気の稽古のあと兄弟子とたらふく飲んで、その帰りしなバカボンさんと居酒屋で待ち合わせをしたのだが、さすがバカボンさんだね。私がヘベのレケで来ることをすでに読んでいたのか車で登場した。なんじゃそりゃ、飲めんじゃないか久しぶりなのに、と思ったが確かに正解だ。ふたりでベロベロになったらまた帰りが遅くなって家でどやされる。あ、私のことね。しかもその日は私の誕生日で、家でケーキを食うことになっていた。もし深夜にそっと帰宅したら、戸を開けたとたんにパイ投げをくらっていたに違いない。

で、地面が近い現象その他バカボンさんに話してたら、脳の軸がどうのこうのと超高度な話をされて、ただでさえ酔ってる私にはチンプンカンプンで、遠くでバカボンさんの声を聞きながら、あそうか、オレは人としての軸がズレまくってるということなんだなと妙に納得した。それでもバカボンさんの話は興味深く、これは前にも書いたかもしれないが、2010 年ころからある意識状態を作ると、まわりが薄ピンクというか桃色というか薄紫というか、なんだかそんな空間になってやたら多幸感が襲ってくることがあったのだが、それもバカボンさんの赤色とか青色の話を聞いて、まったく理解はできないが何かわかったような気になったから不思議だ。酔っ払いながら。私としては、ただのユーフォリアだと思っているが。
それでそのときにもちょっと話したのだが、玉ちゃんこと玉蔵さんのこれは本人の金玉ブログではなく、コミュニティブログのほうにあったのだが、非常に気なる日付があったので、さっき本人に了解をとって書くわけだ。それは4月12日に大地震かなにか、とにかく天変地異が起きるのではないかという内容だった。前情報なく数人でキネシオロジーで絞っていった結果出た日付らしいが、私は非常に驚いた。なぜか。

以前からゲリー・ボーネルが講演で同じ日付を言っていたからだ。ただ、ゲリーは 2015 年の 4 月 12 日、その前後 2、3 日というタイムラグをとっていたと思う。日本で大地震が起きる。しかもマグニチュード 10.1。これまでのマグニチュードの概念を覆すだろうとも。ゲリーは講演のたびに同じ日付を言っていたので私も覚えていた。だって何年の春頃とか夏頃とかじゃないんだよ。4 月 12 日と言ってるわけだ。12 日~ 15 日と言ってたときもあったがそれにしても具体的だ。アカシックの情報ということだが、それに関してはあとで言う。

ともかく、同じ日付が玉蔵さんのコミュニティブログで取りざたされてたから驚いたわけだ。でも、玉ちゃんいわくそれは今年に起きることとしての情報らしい。ゲリーのは 2015 年。ゲリーはそのときの講演でも、富士山などはもうとっくに爆発してなきゃおかしいのだが、それを抑えてるグループが日本にいると言っていた。地震にしても、大難にならないように祈りをして回っているグループが複数日本にはいるらしい。このことも以前記事に書いた。だから、2015 年 4 月の地震にしても、そのエネルギーが分散するようにみんなで祈ってほしいとも言っていた。

私個人のこうした予言などに関する意見は以前何回かに分けて書いたから細かくは繰り返さないが、結論から言えば未来はわりと簡単に変わるし、変えるのは人間の意識だろうということだ。ただ、ゼランドが言うように、地球規模の災害などに関する大きな予言に関しては、そう簡単にはいかないようで、ヘタすりゃ取り返しがつかないことにもなりかねない。地球規模の大災害であればあるほど、そしてその予言なり予知情報が広く世界に流されれば流されるほど、人間の集合意識に働きかけ、集合意識が災害を選べば、要するに忌避できないものとして確信してしまえば、それは起きる可能性が高まるだろうからだ。だから私は極力そうした情報に必然性を持たせないようにしたいし、自分でも取り込まないようにした。取り込まないというのは、客観視するという意味だ。

でまた予言と言えば、『ヤスの備忘録』のヤスさんがここのところ、あらかじめ想定された危機は起こらない、といった分析をしている。なぜなら、様々な要素を繋げ類推していく結果で予想される危機は、同時にその危機を回避しようとする意思や動きも現れるので、だいたいが回避されてしまうからだ。とはいえ、これは危機といっても経済崩壊とか戦争といった危機だ。天変地異などの大災害にも当てはまるかどうかは私にはわからない。ヤスさんのメルマガのほうで紹介されていたコートニー・ブラウン氏の記事にも、サイキックの予知でも条件が変われば結果も変わるらしいことが書いてある。ブラウン氏はリモートビューイングを科学的に研究している数学者だそうだが、複数のサイキックに世界の複数の地域の 2013 年 6 月 1 日の様子を遠隔透視させた結果、洪水の被害などかなり深刻な状況が見えたようだが、今年に入って結果が変わったことが報告されたらしい。詳細は有料メルマガなので控えるが、要するに、これは私の個人的な考えだが、ある時点での予知でも、またアカシック情報でも、なんらかの要因によって変わる、書き換えられるということがあるのかもしれないと思うわけだ。その要因とは何だ? 

となれば、また長くなるというかとっちらかるのでまた別で書くが、それでも、大災害などの予言というか予想記事が最近週刊誌あたりでも頻繁に目につくので、玉ちゃんの 4 月 12 日の話もあったし、タイミング的にも、私個人の考えの再整理の意味でも取り上げて、皆さんと考えてみたい気になったわけです。玉ちゃんありがとう。

先も言ったように、想定される危機があって、その内容があえて表に出てくることでそれを回避する流れも出てくるのであれば、こうした内容の記事を書くこともそれなりに意味を持つのかもしれない。ただ、表に出てくることで、それまで知られていなかった危機の情報が余計に多くの人間に意識づけられるというリスクもまたあるのかもしれない。が、人類の進化のためにはそうした災害は必要であり、逆に起きなくては困るという考えもあるかもしれない。

とっちらかってきたぞ。

私の考えは、もし大災害が起きたとしてもそれは必然であろうとする考えで、そのときに自分がどこにいてもそれも必然で、残念な巡り合わせになったとしても、それは自分が意識的であろうが無意識的であろうが、そこにいるべく自分で選んだ結果とする者だ。だからこれからも好きな東京で好きな酒を飲み、好きなそばを食って好きに生活するに違いないのだが、うまい酒とそばがあれば実はどこでもいいです。って急にトーンダウンするが、今家族がラファエロ展から帰ってきてしまったのであせっているわけだ。さらに言えば、私は単純に実はそういう考えなのだが、さらに大きな必然といったものがあるらしく、私なんかにもなんとなくわかりはじめたマイレボリューション的なことがあり、それについてもまた書きます。

こんな半端な記事をアップするなよという声もあろうが、これまで間が空いてしまったのでとりあえず見逃してください。
(続きたい)

 

2 thoughts on “レボリューション#9”

  1. SECRET: 0
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    はじめまして
    火水伝文を10年前から愛読している者です。
    酒林さんも読んでいらっしゃるのかな?なんてちょっと書き込みしました。
    私もいつどこで何が起ろうと、すべて善しって感じで生きてます。
    火水伝文のエネルギー大好きです。

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    cafeHIZUKI様
    はじめまして。
    ご返事遅れて申し訳ありません。
    『火水伝文』は日月神示の流れで読んでおります。
    幕末から明治大正昭和と黒住、金光、大本など、一連のエネルギーに繋がるものでしょうね。
    今年あたりからは、他力、自力を超えた新しい地平が開けていきそうです。
    > 私もいつどこで何が起ろうと、すべて善しって感じで生きてます。
    右に同じです。
    さらに言えば、起きてるのではなく、起こしてるようです。
    人間は既存の道徳、倫理観とは似て非なる道徳、倫理観を楽しむ段階を発見するようです。

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