現代ほど「新しい精神性」の形が必要とされている時はない。その必要性は、われわれの日常の亀裂からときおり噴出する激しい感情を見ると実感する。

それは、“嫌韓”、“嫌中”と言われるような明らかに差別的な激しいヘイトスピーチ、「神国日本」の偉大さや絶対的な優越性を主張するナショナリズム、生活保護受給者や社会的弱者を社会のお荷物と揶揄する風潮、富裕層や成功者に対する過剰な嫉妬と羨望のような感情である。

こうした感情の噴出が、際限のない憎しみの連鎖に点火し、紛争と戦争を引き起こしたことは、過去の歴史を見れば明らかである。

ただ、過去70年間、ナショナリズムと自民族優越感に酔いしれたナルシシズムがもたらした戦争の経験とトラウマ、そして継続的な経済成長が実現した生活の安定感が歯止めとなり、それらの感情は我々の集合無意識へと封印されてきた。そうした感情が少しでも表出しようとする兆候があると、われわれは強い拒絶反応を示し、あらためてそれらを暗い無意識の世界に徹底的に抑圧してきたのである。

しかし今、われわれはどうやらこの歯止めを失いつつあるようだ。ナショナリズムとナルシシズム、そして怨念と嫉妬の感情は、日常の光景のいたるところで噴出するようになってきた。これらの感情は、自分に都合のよいファンタジーを作り出し、現実を無視するメンタリティ-を醸成する。われわれの多くは、そうした心地よいファンタジーに、思考停止して身をまかせる快感と陶酔感を体験してしまったのである。暗い集合的感情の噴出は快感なのだ。

これは日本のみならず、世界の多くの地域で起こりつつある共通した現象である。ヨーロッパでは、極右のナショナリズムとイスラムに対する排斥運動が席巻し、超国家的なEUの統合性が脅かされつつある。アメリカでは、極端な格差が生み出した怨念と人種差別で社会が不安定になっている。

これから、これまでわれわれが無意識に抑圧してきた激しい感情が、津波のようにして襲ってくる可能性が極めて高い。今後のわれわれの歴史の方向は、この怒涛のような感情のエネルギーとどのように向き合うかによって変わってくるだろう。それは決して簡単なことではない。第1次と第2次の世界大戦の途方もない破壊が、再度、目の前に迫っている可能性すらあるのだ。

破壊へと向かうこの感情は、われわれひとりひとりの心の奥底から湧き上がってくるものである。抵抗を放棄すると、この感情はやがてわれわれの意識をも飲み込んでいくであろう。それに抵抗するためには、われわれの心に内在するまったく別の潜在力を喚起するほかはないと思われる。

もしそうだとするならば、われわれは自己の内面に「新たな精神性」を発見し、そこに確実にアクセスすることで、現実を根本から変える動きを開始すべきではないだろうか。この精神性への覚醒は、現実を構成し、現実を創り出していく主体こそが実はわれわれの心の中にあり、そして現実を変えるためには、その心の部分を活性化しさえすればよいことを必ずや証明するはずである。

だがそれは、いわゆる“引き寄せの法則”などのように、現在の消費文化のビジネスに染まったスピリチュアリズムとはまったく異なるものとなるだろう。それは、氾濫する“スピ系”文化のどのカテゴリーにも収まることのないものである。本来の精神性の在りかは、いまだに未知の領域なのだ。

このサイトの目的はただひとつ。その未知の領域を探究し、そこにアクセスすることによって、現実を新しく創り出していく方途を見い出すことにある。

よって、このサイトに掲載される記事は、未知の領域、新しい精神性をめぐる旅の記録となるはずである。そして、激しい集合的な感情が津波のように襲いつつある今、この旅は急がねばならない。

それでは出発しよう!