人気ブログ『ヤスの備忘録』でもおなじみ、
社会分析アナリストの高島康司氏をお招きして、

1 世界で今、起きていること
2 人間の新たなる「精神性」「意識」「思考」

について、飲みながら自由闊達に話すシリーズ。
基本的に毎週更新。

〇『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』第40回
「個を超えた存在」vs「個」

ゲスト:高島康司氏
聞き手:西塚裕一(五目舎)
2016年4月2日 東京・中野にて収録

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西塚 はい、みなさん今日は。『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』の今日は、40回になりました。キリのいいところですが、40回ですね。

ヤス
 すごいですね(笑)。

西塚 また、ヤスさんにおいでいただきました。カンパイしましょう。

ヤス どうもどうも、カンパーイ。

西塚 今日は珍しく、そんなに酔っぱらって入ってるわけじゃないんですけども、先ほどのリンダ・モールトン・ハウですね、これは前からヤスさんからも聞いてたし、メルマガでもあったかな、あんまり出てこなかったかな?

ヤス 何回か書いた覚えがありますけどね。

2016年に地球外生物の存在を公式に発表する!?

西塚 僕が知る限り、ヤスさんから教えてもらったことですが、自身のサイトを持っていて、UFOに関することや、いろいろな超常現象に関するようなことも、彼女自らが現場に飛んでインタビューしたり、完全に現地取材の調査報道を主として発表している。ラジオの『Coast to Coast AM』なんかにもよく出てくる人ですね。

ヤス しょっちゅう出てますね。

西塚 わりとヤスさんとしても信頼をおいているというか、有象無象いるリサーチャーの中でも彼女は信頼に足るのではないかというお話でしたね。

ヤス ええ。彼女はもともとドキュメンタリー作家なんですね。1988年かな、題名は忘れましたけど、かなり有名になってエミー賞までとった人なんですよ。

当時、いろいろなテレビのドキュメンタリー作家、プロデューサーとして活躍してた。1990年代に入ってから、いわゆるUFOとか、地球外生物とか、簡単には説明できないような言ってみれば怪しい領域に、調査報道のスペシャリストの手法を用いて徹底的に調査するという形で入ってきた。

日本もアメリカもそうなんですけど、いわゆるUFO研究者というタイプの人たちは、何とおりかいると思うんです。ひとつは、初めからイデオロギー的な何かを持ってる人たちですね。われわれは2012年にアセンションするんだと。そのようなメッセージを私は得ている。それを証明する形でUFO情報とか、地球外生物に関する情報を集めるんだといったような人たち。すなわち何かのニューエイジ系のイデオロギーを前提にして、それを証明せんがためにいろいろと事実を蒐集してくるというタイプ。

もうひとつは、本当にスピ系のタイプの人たちです。私は宇宙人からメッセージを得てると。そのメッセージに従って事実を公表するんだというタイプですね。そういう人たちも、言ってみればリサーチャーと言えばリサーチャーになるかなと思うんです。日本はどちらかというと、そのふたつのタイプしかいない(笑)。

でも、最初のタイプであれば、イデオロギーに自分が共感するかどうか。共感する人たちにとってはね、やはりそれは信頼できる情報になるんだけども、共感しない人たちにとっては、ほとんど何言ってんだ!って感じになるでしょ?

また、私はこういう宇宙人からメッセージを得ましたというタイプの人も、その人が持ってるようなスピリチュアル的な霊感と言いますか、お告げと言いますか、それを最終的に信じるか信じないかの問題になってくるわけです。信じる人間にとっては価値あるだろうけれども、信じない人間にとってはない。

それで、日本にいないタイプは第3のタイプです。それがリンダ・モールトン・ハウなんです。それは、現実に何があったかということを、まずそれを体験した人間、または目撃情報、それから現場にいっていろんな証拠を集めながら、何があったかということをひとつひとつ解明していくという、普通のジャーナリズムの調査報道の方法ですね。リンダ・モールトン・ハウはそのプロです。もっとも信頼がおける人ではないかなと思いますね。リンダ・モールトン・ハウは有名な人なので、とにかくいろんなところに引っ張りだこです。

西塚 どのくらい有名な方なんですか? たとえば矢追純一さんみたいに、そのジャンルに興味がある人なら誰でも知ってるんだけども、そうじゃない人も名前くらいは聞いたことがあるレベルとか。

ヤス 古いドキュメンタリー作家としては、UFO云々に関係ない人も知ってるかもしれませんが、今はですね、地球外生物とかUFOとかの未知のものに関わってる、そういうものに関心を持つという人たちにしか、おそらく知られてないんじゃないかなと思いますね。ただ、調査報道としては徹底してます。

彼女の情報は、『Earthfiles.com』というサイトがありまして、そこにいくと詳しい情報が全部手に入るんですけど。彼女はこの分野では相当有名人なので、いろんなところに引っ張りだこなんです。全米で3000万人くら聴取者がいると言われてる『Coast to Coast AM』の常連のゲスト。

特に日本よりも、未知のものに関心を持つような層というのはものすごく幅広いんですね、アメリカでは。

西塚 話の途中で申しわけないんですけど、今ふと思ったんですが、ヤスさんはご存じかどうか、もともとオカルトには関係なかった方かもしれませんので。中岡俊哉ってご存知ですか?

ヤス 名前だけね。詳しくはわからないけど。

西塚 僕なんかだと、61年生まれですが、だいたい72~73年ころに出てきた人なんですけど、中岡俊哉と言えばもう超有名なわけですよ。心霊研究家としては。たとえば、つのだじろうが『うしろの百太郎』というマンがを描きはじめたのもそのぐらいなんですね。それから、『お昼のワイドショー』の「あなたの知らない世界」という心霊番組があって、そこに研究家として出てくるような人だったんです。書籍もたくさんあって、『恐怖の心霊写真集』はかなり売れた。とにかく有名な心霊研究家です。

その後、新倉イワオという放送作家が、心霊研究家としても出てくるんですけど、さっきのつのだじろうもときどき研究家として出てきた。そのくらいで、今、心霊研究家と言ったら誰なんだろうと、ふと思ったらいないんですよ。

たとえば矢追さんはUFOで、まあちょっとエンターテイナーとしてもあるし、山口敏太郎さんもいろいろ妖怪から何からやってるけど、どちらかと言えば、エンターテインメント的な作家ですね。だから研究家、リンダ・モールトン・ハウさんみたいな人に当たる人は誰だろうと。今、いないなと。

ヤス いないでしょうね、日本だとね。聞いたことない。

西塚 ちょっとびっくりしたんですが、いないですね。確かに。ひょっとしたらヤスさんかもしれない(笑)。

ヤス いや、そんなことはないけど(笑)。

西塚 まあ、幽霊とかは関係ないかもしれませんが、今、日本にいない…

ヤス たとえば日本でね、いわゆる政治ジャーナリズムってあるじゃないですか。政治のジャーナリズムの中で、実際に政治家に会って話してね、何が起こったのか、政治的なスキャンダルを暴くにしろね、調査報道のプロはけっこうたくさんいますでしょ? あの水準なんですね。モールトン・ハウって。ジャーナリズムの普通の調査報道の手法をUFOだとか地球外生物とか、説明できないものに持ち込んだという人です。

西塚 しかも、ある程度メジャーということですね。

ヤス アメリカではかなりメジャーですね。『ディスカバリーチャンネル』あたりでも、しょっちゅう出てきてるというタイプです。

西塚 なるほど。今また冷静に考えれば、ケイ・ミズモリさんとか、コシノケンイチさんが日本では近いのかな。コシノさんは亡くなったか…まあいいや、すみません。

ヤス やっぱりアメリカというのは本当に幅が広いんですね。それから年齢層も広いと思うんです。10代の前半から、80代、90代の人たち、これを全体的に囲うくらいの巨大な市場というか、未知なるものに関する市場が存在していて、すごく幅広い。

なので、その幅広い市場を相手にして、あらゆるメディアが存在しています。その中には、特にイデオロギーを前提にした怪しいメディアもありますよ。ただ、そうじゃないのもある。その中でですね、最近発見したメディアで、『Dark Journalist』というチャンネルがあるんですね。

西塚 名前からしてディープですね(笑)。

ヤス ディープですよ。でね、ダークジャーナリストって、またこれ怪しいと思って見たら、怪しいどころの話じゃなくて、もう正攻法のまっとうなメディア。要するに、インタビュー番組なんです。こいつは大丈夫だというのを、ダークジャーナリストと呼ばれるキャラクター、ピーター・デイル・スコットという人物がいて、彼が選んで徹底的にインタビューするという番組なんです。

ダークジャーナリストと言われる彼も相当知的水準の高い人物で、突っ込んで聞くわけですね。『Coast to Coast AM』よりもはるかに知的水準が高い。そっちのほうが。

西塚 へえー!

ヤス めちゃくちゃおもしろいですよ。『Coast to Coast AM』は半分はエンターテインメントみたいなところがありますから。その『Dark Journalist』はあまりエンターテインメント性はない。徹底的に突っ込む。

西塚 と言って、アレックス・ジョーンズみたいな陰謀系でもない?

ヤス 陰謀系ではない。まあ、陰謀系と言えば陰謀系なんだろうけど、何というか、ひとりのゲストを呼んで、なぜそう思うのか、あなたは何を体験したのか、何を根拠にそう言ってるのかと、徹底的に質問攻めにして、言ってることの真実性を暴いていくというタイプのものです。それは極めておもしろい。

そこに今回、リンダ・モールトン・ハウが出てきて、リンダ・モールトン・ハウはその『Dark Journalist』のチャンネルの常連なんですけど、そこでインタビューされてて、おもしろいことを言ってたんです。何て言ってたかというと、今まで私は未知なるもの、地球外生物やUFOに関して調査報道をやってきた。政府系、政府機関に関係する人間1500人くらいにインタビューしてきたと。その人たちは、地球外生物、UFOの隠ぺい工作と何か関わりあるような人たちばかりだった。

彼らはいわゆる内部告発者となって、何が具体的に起こってるかを証言してくれたと。それは、スティーブン・グリア博士がやってることと、ある意味で同じような活動ですね。それが2008年にね、私がインタビューした、これは現在でも政府に関係した職に就いてる、あるワシントンの重要人物がいるんだと。彼が2008年におもしろいことを言ってた。

いわゆる地球外生物の存在といったものを、政府レベルではっきりと世界に向けて宣言する時期が決まったぞと。それは、もう覆すことができないような、はっきりとしたエビデンスと言いますか、証拠を突きつけて、科学者及び政府関係者、また政府機関の関係者を一堂に会して、疑いようのない事実として地球外生物が存在していて、地球に来ているということを宣言する日程が決まったのだと。それが2016年だというんですね。

西塚 今年のわけですね。

ヤス いよいよ今年が来たのだ、っていうようなインタビューだったんです(笑)。

西塚 むしろリンダさんはワクワクしてるわけですね(笑)。

ヤス ワクワクしてる。やっと来たぞー!とか言って(笑)。私はこれを言いたくて、本当にワクワクしてたんだと。やっと今年になったから言えるみたいなことを言うんです。

西塚 なるほど。インタビュワーはどんな感じのリアクションだったんですか?

ヤス えーっ! そうだったの!とか言って、やっぱりすごく大きなリアクションでしたよ。

西塚 やはり関心度が高い。具体的にどうなるかということでは、まだないんでしょうね。

ヤス どのようにそれが発表されるかはわからない。わからないんだけども、今年の後半くらいから、おそらくはっきりと発表するだろうということですね。

西塚 そのインタビューは今年に入ってからのものですか?

ヤス 一週間くらい前のインタビューですね。2、3日前かな。

西塚 ああ、本当に最新ですね。

ヤス 本当に最新です。

西塚 ちなみにリンダさんはどのくらいのお年ですか? 50歳くらい…

ヤス いやいや、はるかに上です。ヘタしたら70、60の終わりくらいかな。けっこうおばあさんに近いような人だと思います。

西塚 そうですか。もともとビル・クリントンなんかも、UFO情報のディスクロ-ジャーを掲げてたというか、公約まではいかなかったかもしれませんけど、そういう人でしたから、そういう話は端々に出てきますね。特にアメリカを中心に。

だからロズウェルの話から何から、遡ればいろいろ出てくるでしょうね。そこにいくと時間がなくなるので、ちょっとできませんが、まあ、いよいよ本格的に公式に出てくる可能性があるということですね。

ヤス リンダ・モールトン・ハウがそれを言うんだから、彼女の発言を根拠づけるような、ちゃんとした事実があって言ってるはずなんです。きちんとね。

西塚 そういうことですね。今までの彼女の実績を見ても、そんないいかげんなことを言うような人じゃないと。何かしらの根拠をつかんでるから…

ヤス ヘタしたらあれですよ、毎日新聞よりもしっかりしてますね。

西塚 (笑)、毎日新聞って…

ヤス 2007年の事件なんですけどね。チリのどこかの地域にですね、隕石が落下したという事件があったんです。そうしたら酸がブワッと蒸気のように噴き出してると。それで何がぶつかったのか、何が落下したのかよくわからない。やっぱりいろんな仮説が出たわけです。UFO説からはじまって。そのときに毎日新聞が発表したのはこうだったんです。

どうもロシアの人工衛星がチリに落下したようだと。その衛星はかなり高濃度のアシッドを使った燃料を積んでる。その燃料が噴き出てるんじゃないかということを、毎日新聞は第一報として報道したんですね。

リンダ・モールトン・ハウは、チリの落下地点の人たちに実際に電話して、何が起こったのかと詳しく調べたんですよ。そうしたら落下したのは隕石だと。それで、チリのその地域の地層というのはけっこう変わった地層で、地下水が高濃度のアシッドなんです。隕石が落下したので、その熱でアシッドが蒸発して、煙のように上がってるということを伝えたのが、リンダ・モールトン・ハウだったんですね。

したがって、毎日新聞の情報は間違っていた(笑)。

西塚 毎日新聞はどこからその情報を得たんですかね。

ヤス アメリカのメジャーなメディアが、みんなそうやって報道してましたから。

西塚 それをそのままなぞったという…それって、コピペじゃないですか。

ヤス コピペですよ。ロシアの衛星が落下した可能性がかなり高いということで、ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも報道したんでね。それはコピペだと思います。

西塚 誰か取材記者を飛ばして調べろとは言いませんが、その手の話じゃないかもしれないけど、でもねえ…まあ、何というか、一事が万事で、日本のメディアはそうだということですね。

ヤス そうですね。はっきり言って、リンダ・モールトン・ハウによって覆された。覆したのがリンダ・モールトン・ハウだった、というのがおもしろいんですけどね(笑)。だから、特に2007年のその事件で、彼女の信用度は増しましたね。

中国共産党の崩壊はほど遠い?

西塚 なるほど。日本にもそういう調査報道をするジャーナリストはいますけども、オカルトに限らず、というかオカルトはむしろいませんが、政治的なスキャンダルにしろ、いるんですが、だいたい迫害されたり、大手のメディアに叩かれちゃうという体たらくですから、あまり話したくもないですが。

ちょっと話が変わりますが、中国なんですけども、中国はアヘン戦争以来、民衆の苦しみがあるから、もう二度とそうした状況に戻りたくない、外部勢力に侵略されたくないという思いがあるから、ある程度共産党に力を持っててほしいし、支えているという話がありました。僕もまったくそのとおりだと思いますけども、ここにきてというか、最近ちょっと違うかもしれないという気がしはじめて、ちょっとヤスさんにお聞きしたいんです。

というのは、たとえばアメリカなんです。僕の教養のなさゆえなんですが、僕はアメリカは嫌いだったんですが、ヤスさんといろいろ話してわかってきたのは、もちろん一枚岩じゃないし、とんでもない国なんだけど、パワーがあるわけですね。1%対99%みたいなピラミッド型の格差もありますが、だからこそ民衆のパワーがあって、リバタリアンはおいといても、要するにアンチ体制、アンチ・エスタブリッシュメントという意味で、今回のサンダースにしろ、トランプにしろ、そういう裾野があるから出てきたわけですね。

ヤス そうですね。

西塚 上がものすごく巨大な力を持ってるからこそ、下も巨大な反骨精神があるという。僕はものすごく可能性のある国だなと最近、思いはじめたわけです。中国も実はそうなのかなという気がして…

ヤス いや、そうですよ。

西塚 中国は今、腐敗した地方の政治家たちを駆逐していって、民衆のある種の賛同なり共感を得るんだけれども、習近平は今ちょっとやりすぎちゃって、特にジャーナリストとか出版社も含めて、けっこう次々と拉致して、拘束する。ちょっとでも何か批判的なことを書くと、被害妄想かと思うくらいに調べて、親も含めて拉致、拘束するということが、もう報道でも隠せないから出てきますね。

それで、何日か前の新聞でも、共産党に批判的な雑誌か何かの編集長が辞表を出して、これ以上共産党の提灯持ちはしたくないと。いわゆる反抗的に辞職したということも出るぐらいなので、僕はひょっとしたら中国は意外と、大きな裾野のレベルでは共産党には確かに頑張ってほしいし、他国にも侵略されたくないんだけれども、それと同じくらいに共産党に対する反発もあってですね、これだけインターネットも含めて、海外留学も増えて知的水準も高くなっているから、ごまかされなくなってるのではないか。

中国人ですから、気骨ある人もたくさんいるでしょうし、ある種正義感に灯が点いて、報道されないかもしれないけど暴動があちこちに起こりはじめて、ちょっと共産党は危ないのではないかとちらと思ったんです。

その構図は、大国だけにアメリカとも似てる気がしないでもないなと。だからヤスさんから聞いて、僕が勝手に思っていた見立てですが、そんなに簡単には崩壊はしないだろうと思うのですが、意外とブラックスワンじゃないですが、ダムの蟻の一穴のように何かが起こったら、ズタズタズタッといってしまう可能性もあるんじゃいないかなと、ちょっと恐怖を覚えたんですが、そのへんはいかがですか?

ヤス たとえば、何かがブラックスワンの役目をはたして、ガタガタッといったのはソビエトのほうですよね。ゴルバチョフの出現までのソビエト連邦というのは、ものすごく停滞していた。停滞してたといっても、民衆が食えないというわけではなかった。ただ、ソビエトの民衆が最大の不満に思ってたのは、西側のような消費生活のレベルまでは享受できないということです。そして第2に、西側と同じようなレベルの言論の自由は享受できないと。このふたつの大きなストレスが溜まっていたと思うんです。

それから第3に、このままの体制を追及して、西側に匹敵するくらいの水準の消費生活が待ってるかというと、そういう希望がまったくなかった。そうした希望がないところに、ソビエト体制を維持するためにものすごい弾圧を行なった。そういう中でどんどんストレスが溜まる。そうすると、ちょっとしたことがある意味でブラックスワンとなって、ワーッとダムが決壊するようなことが起こってくる。

当時のソビエトで何がブラックスワンだったかというと、ゴルバチョフという存在そのものがブラックスワンだったわけですね。

西塚 確かにそうですね。

ヤス 中国に同じ事情を適用するわけにはいきませんが、ブラックスワンが起こるかどうかということは、ブラックスワンを生み出すほどの国民のストレスが、どこまで溜まってるかということだと思うんです。国民のストレスがないところではね、どんなに火を点けても爆発しないわけですよ。だから、ブラックスワンは起こりようがない。

たとえば海外のメディアを見てて、日本に関して判断間違いをするときがあるんです。日本はこの70年間、戦争を全然やってない。それなりに豊かな消費社会を作ってきた。それで日本人は愛国精神に飢えてると。ちょっと何か機会を与えるとね、すぐ愛国的になって、再軍備のほうにいきなり進んでいくのではないかといったような論評がある。

でも、SEALDsであるとか、安保法制に対する12万人のあれだけの大きな反対であるとか、戦後70年間に培われてきた日本国民のメンタリティーを無視してるわけですね。このような論評では。日本でも、極めて大きなストレスが国民の間に溜まってる場合は、火を点ければバッと爆発するかもしれない。でも、ストレスがないところでいくら火を点けても爆発はしない。僕は、おそらく中国の国民のレベルで言えば、共産党が崩壊するほどのストレスは溜まってないのではないかと思うんですよ。

さっきのソビエトに関する基準を適用すると、3つのことが言えるかなと思うんです。このまま共産党にまかせておくと、おそらくわれわれも西側と同じか、それ以上の消費生活の水準は享受できると。第2に、放っておいたら、どんどん格差が拡大して、豊かにならない方向ではなくてね、当然格差はあるんだけども、どんな貧乏人もそれなりに食えて、中間層として組み入れられるような方向があるという、はっきりとした、言ってみれば明るい見透しが立てられている。

習近平政権は、そのような消費生活が可能になるという明るい見透しを前提にしながら、中国の偉大さを取り戻そうとナショナリズムを鼓舞するわけです。そうすると、ナショナリズムのほうに簡単に引っかかってくる国民の数のほうが、はるかに多いのではないかと思うんですね。だから、ソビエト流のブラックスワンというのは、今のところ考えにくいかなと僕は思います。

ただし、将来的にブラックスワンがないかというと、そういうわけじゃない。

西塚 そうですよね。ブラックスワンですからね(笑)。

ヤス どの国も経済成長の過程で体験したことと、同じようなことを中国も体験する。何かというと、これから中間層がどんどん多くなってくるわけです。西側と同じような消費生活の水準を確保できるような中間層がどんどん増える。日本に爆買いに来てるような人たちって中間層ですよね(笑)。あのような中間層は現在、中国に1億ちょっといるんですけど、もっと増えるでしょう。

中間層がどんどん増えてきて、西側と同じような生活水準になる。それで、自分の日常生活の範囲内ではけっこうな自由がある。共産党さえ批判しなければ何でもいいということになるわけです(笑)。それは当時のソビエトとはかなり大きく違っている。こうしなくてはならないという行動規範があるわけではなくて、これをやらなければ何でもいいよという形なんですね。

したがって、ストレスが溜まりにくいところではあるんですけど、それでもですね、生活が安定する。西側と同じような消費生活の水準になると、次は政治的な自由、民主化要求運動になると思います。

西塚 そこまでは、まだほど遠いということですか?

ヤス まだですね。

西塚 僕は何かの数字で見ましたが、中国のGDPが2009年に日本を抜いて世界2位になりますね。ある予想によれば、2050年ぐらいにはアメリカもはるかに超えて、2倍ぐらい、2.2倍かな?になるという試算もあるみたいですが、じゃあ、国民ひとり当たりのGDPはどうなるかというとまだまだ低くてですね、僕の記憶が正しければ、アメリカは600万円ぐらいなんですね、ひとり当たりのGDPが。日本が3万7000ドル、要するに400万円くらいですね。中国は7000ドルくらい。70万ですよ。となると、まだまだケタ違いの差が国民ひとり当たりで見ればですね、あると。

あれだけ巨大な人数を持ってる国だから、中間層がそんなにうまく、日本とかアメリカみたいに育つかというと、けっこう疑問なんですよね。その前に何かおかしくなっちゃうんじゃないかという気がして(笑)。

ヤス だから、そのおかしくなるためのストレスの源泉がどこにあるかということですよ。

西塚 それが、ひょっとしたらですね、日本でも安保闘争みたいなことがあったじゃないですか。学生あたりがワイワイ騒ぐレベルで終わっちゃったんだけども、あのレベルがマスコミの連中とか、各地方の不満分子のリーダー格のヤツなんかが結集したりして盛り上がったら、意外といっちゃうのかなという…

ヤス 暴動は多いですよ、中国でも。地方でもすごく暴動は多いんです。いまだにね。暴動の向かうベクトルなんですね。それが中国共産党の壊滅へと向かう暴動なのか、そうではなく、逆に中国共産党そのものを強化するような暴動なのかということですね。

たとえば、今90%以上の暴動は地方で起こっている。地方で起こっている暴動の相手は何かというと、地方政府です。それは、農民から土地を取り上げて開発業者に売り渡す。その地方政府の横暴に対して起こったという、地元の農民の暴動ですね。その暴動のベクトルは地方政府に向かう。それで、どこに陳情がいくかというと中央政府なんです。北京の中央政府に地方政府をやっつけてくれと言っていくわけですよ(笑)。

西塚 そこがおもしろいところですね。僕は幅広くはわからないんですが、後々に暴動と言われるものの発端は、だいたいひとりのですね、たとえばたまたま警官が移民を射殺しちゃったとか、けっこう最近もいっぱいありますね、スウェーデンのときもそうだったし、アラブの春もそうと言えるかもしれない。ちょっとした、警官が何かを抑えるために撃っちゃったというようなところから灯が点いて、ブワーッと燎原の火のように…というのがあるじゃないですか?

だから僕は中国の場合、共産党に何とかしてくれというのがもちろんあるんだろうけども、同時に危険性としては、何かに火が点いちゃってバッと広がって、今度は共産党がそれを治める側に回って、それこそ天安門みたい軍事力で抑えにきたときに、もう収拾がつかなくなるという、まあある種、奇想天外なシナリオのひとつなのかもしれませんが、僕は何か最近あり得るような気がするんです。

ヤス それは、ストレスは溜まってる部分があるんだけど、どこへ向かうベクトルのストレスかですよ。ストレスって何かというと、単純にエネルギーじゃなくて感情ですよね。感情は特定のものに対する恨みとか、怨念とか、あるターゲットを持ってるわけです。だから、どこのターゲットを目指した集合的な感情の流れかということです。河みたいなものですから。現代の地方の暴動を見てると、明らかにそれは中国中央共産党へは向かっていない。

西塚 ある種の支流のひとつでしかないと。

ヤス そうです。むしろ中国共産党の強化へと向かってる。

西塚 大きな流れに向かうものではなくて、支流のところで、地方で不正があれば、ムカつくこいつは、という意味の暴動はあるんだけども、こっちにこないと。

ヤス こない。習近平政権はそんなバカな政権ではなくて、支持してるわけじゃないですよ、僕はね(笑)、ジャーナリストを弾圧しても、自分たちに向かわないことを知っててやってる。今まで地方の農民層の暴動があって、それが中央政府に訴えてくるわけですから。

それから都市部でも、極めて強いストレスが溜まってる。そのストレスの先はやっぱり地方政府なんですね。地方政府の役人、ないしは中国共産党の役人の汚職に対するストレス。とんでもないことをやってると。それを習近平政権というのは、自分たちの政権の強化のための非常にいいリソースとして利用してるわけですね。

そのストレスをひとつの基盤としながらね、じゃあ、私が懲らしめてやろうという形で、バンバンと地方政府は懲らしめるし、中央の官庁に巣食ってるような汚職官僚をバンバン叩くわけですね。一日500名と言われるくらいの官僚のパージが行なわれている。それが中国国民の極めて高い支持率へと結びついていて、習近平というのは、これまでの国家主席の中でもっとも人気のある国家主席だと言われてるんです。

当然、それに対する反発というのは大きい。それは、習近平は何をやってるんだといったような、言論弾圧に対する反発がある。その反発はどのレベルから出てきてるかというと、格差に苦しんで食えない農民であるとか、いわゆる都市部に出稼ぎにきた農民工とか、ストレスの担い手になってる民衆ではなくてね、都市部の中のもっとも知的な層から出てくるわけですよ。それはものすごく少数派です。

だから、民主化要求運動の担い手たちというのは、実に少数派だということなんです。彼らのストレスが、中国国民の大多数のストレスを反映してないがゆえに、それを安心して叩けるわけですよ。そういう構図じゃないかなと僕は思う。

西塚 なるほど。ある種、まあ熟知して、蹴散らしても全然かまわないということですね。

ヤス だから、あそこまでやるんですね。もしね、これを蹴散らしたら自分たちのところまでくるということであれば、やらないですよ。おそらく。

西塚 国際的な非難もありますからね。

ヤス 逆に言うと、ここまであからさまにジャーナリストを弾圧してても、自分たちのところへ火の粉が全然こないというくらい、習近平政権は今安定してるということです。

西塚 そうなると、向かうところはもう見えてきて、そこに気がついちゃったら、怖くてみんなできなくなりますね、ジャーナリストたちも。

ヤス できない。

西塚 気骨があって、もう命はいらないというヤツは別だけれども。

ヤス もっと言うと、中国というのは、いろんな人たちが書いたものを読むと、日本よりも自由なところがあると。要するに、共産党さえ批判しなければ何をやってもいいというような社会ですね、あれ。

だから、特別大きな不満はないと。このままいけば、経済がどんどん成長して給料も上がるし、賃金も上がってるし、どんどん生活は豊かになるし、10年前、20年前に比べれば、考えられないくらい生活水準が豊かになってる。むしろ何が文句あるのかという感じ(笑)。

西塚 ヤスさんが中国政府を支持してるわけでも何でもないとおっしゃるように、僕もまったく同じような意味で、けなしてるわけでも何でもないのですが、何となくイヤなものを感じるんです。さっき言ったことがそのひとつだったんですけど、もうひとつはですね、日本との競合で勝ち取っていった、たとえば高速鉄道の受注とかですね、ことごとく破綻というか、うまくいってないわけですね。インドネシアとか、フィリピンとか、もうずいぶん前から着工してるんですが、凍結されたりする。いいかげんな図面しか出てこないとか、最初はお金に飽かせていろいろ援助するということで、援助される側のフィリピンにしろインドネシアにしろ、受諾するんだけど、全然進まないで凍結してしまう。

僕はもう少し緻密にやればいいと思うんだけども、何かがダメなんでしょう。習近平がいくら優秀でも、やるのは現場ですから、いろんな汚職はあるだろうし、あるいはとんでもない能力のない人が地位についてるとか、よくわかりませんけども、とにかく進まない。たぶん日本ではあまりあり得ないようなことになるわけです。むしろ、受注合戦で負けた日本が援助して、インフラも整備してるというような状況がフィリピンにある。そういうことを見ると、大丈夫かよと思うわけです。

あれだけ巨大な国だから、どこかでおかしくなるという気もするんですね。あの爆買いも含めて、ホテルでのマナー、今になって日本のホテルの外国人に対する日本ふうのおもてなしを学ぶとして、社員研修もやりはじめたみたいですが、そう一朝一夕にできるものではない。もともと拝金主義に近いような部分があるので、何かが崩れると、何か起きるという…何かイヤな感じを受けるんです。

それは難民が押し寄せてくるとか、そういう類いの話ではなくて、僕の個人的な印象として、何かこのままでいくはずがないなという予感があるわけですね。ここ最近、そう感じる。だから、それについてお聞きしたかったわけなんですね。

ヤス わかります。僕も中国に関しては直感を持ちますけど、感情から出てくるものと直感から出てくるものを、僕はやっぱり峻別したいほうなので。僕の場合、ちょっと違う見方をしてて、日本の危うさってひとつあるわけですね。日本の危うさはある意味でパターンがある。それは細部にこだわりすぎて、全体が見えなくなるという危うさなんです。たとえば、シャープみたいな企業とか、日本の家電なんてそうだったと思うんです。

とにかく細部の技術にこだわる。細部の技術にこだわって、全体的な戦略を見失うわけです、全部ね。たいてい日本がダメになってくるパターンってそうなんです。どの企業でもいいですし、日本という国が国レベルで提供するサービスでもいいんですけど、どのサービスでも、何の製品でもいいんですけどね、個々のサービスとか製品にものすごくこだわって、完成度が高い。全然、劣化しなくて完成度が高い。極めて満足度が高いんですけど、でも全体的に眺めてみると、そこに戦略も何もないという場合が多いんですね。

それが日本の危うさですし、弱さですね。細部の中に籠っていくわけです、ブワーッと。それで全体を見失うんですよ。たとえば、そのような日本の細部にこだわるメンタリティーは、インドネシアであるとか、フィリピンであるとか、今おっしゃったような、あのような政府系のプロジェクト。特に低開発諸国系を対象とした政府系のプロジェクトには、むしろ親和性が高くてですね、極めて、何というか、かゆいところに手が届くような感じの、ものすごく細やかなプランを練って、そのプランをそのとおり実行して、やっぱりけっこう喜ばれるというね、日本のODAってそういうタイプのものだと思うんです。

でも中国は、これは危うさも長所も含めてなんですけど、全然逆なんですね。むしろアメリカ型というか、極めて巨視的なプランを描きます。その巨視的なプランを選んで、どんどん上から埋めていくんですけど、細部まで埋まりきらないんですね。じゃあ、巨視的な戦略そのものが間違ってるかというと全然そうではなくて、これはコンピュータのオペレーティングシステムを全体的に変えてしまうぐらいの、ゲームチェンジャーになってしまう場合が多いんですね。

中国はそういう志向性を持ってる国なので、中国が描いた全体的な戦略のプランというのは、だいたい間違いがない。ただ細部が弱いので、細部でいろんな問題が出てくる。それを事後的にパッチワーク的に埋めるという形の動き方ですね。

たとえば今ね、日本で去年の春くらいに注目を浴びたアジアインフラ投資銀行ってありますでしょ? AIIBですね。今、AIIBってどうなってるかというと、ものすごく巨大化してるんですね。

西塚 イギリスが参加してからもうみんな…

ヤス イギリスが参加したのが去年の春くらいで、そのときにもう57カ国が参加してるんで、日本は乗り遅れるのかどうなんだって、大きな問題になったのが去年の春なんですけど、今ですね、さらに30カ国が参加を要望してるんです。87カ国、100カ国レベルに拡大する可能性がある。

それだけではなくて、中国のAIIBというのは、現在のロシアが作ったユーラシア同盟ってあるんですね。これはロシアとベラルーシ、カザフスタンとか、親ロシア派の国々が作ってる経済同盟なんですけど、それとほぼ一体化する。だからAIIBをひとつの骨子にして、一帯一路ってあるじゃないですか? 中国の内陸部を全部ヨーロッパまで鉄道網で結ぶと。中近東を通ってね。それでひとつの経済圏を中央アジアに作ってしまう。それと、ロシアが中央アジアに作ろうとしている新ユーラアシア同盟というヤツで。これを一体化させて、中央アジアに中ロが共同した経済圏を作ろうと、すごい勢いで進んでますね。

あとちょっとしたら、中国のどこかの地方都市からイランのテヘランまで鉄道網が通りますよ。というような感じのプランなんです。そうするとね、われわれ自身、日本と同じような感覚で見たらダメだという国だと思います。

だから、細部はとにかく弱い。あの国は本当に。たとえばインドネシアの高速鉄道も宙ぶらりんになってるし、フィリピンの高速鉄道計画もそうだけど、宙ぶらりんになってるから中国は弱い!と日本が攻めてるとね、1年くらい経つと全部埋まっちゃうんですよ、おそらく(笑)。

西塚 その話で言うと、僕もブログで書いたんですが、月尾嘉男さんという方が書いた本があって、それを読むと本当に今おっしゃったとおりなんです。中国は、要するに鄧小平が、中国人民解放軍の近代化政策として、第1列島線、第2列島線という話がありますね。第1列島線というのは、今の尖閣諸島のあたりからボルネオの西側、第2列島線は伊豆から小笠原諸島、それで2010年までには第1列島線、2020年までには第2列島線。

だから尖閣諸島の問題というのは、それに則ってるのではないかという話があって、別に地下資源がほしいのではなくて、あるいは小笠原もサンゴがほしいんじゃなくて、そのリサーチなのかもしれない。最終的には、第3列島ラインがあって、それが太平洋の真ん中の子午線なわけです。そこで真っぷたつに世界を割って、アメリカと中国で世界を分けようじゃないかという、昔のスペインとポルトガルみたいな話がある。

その壮大な用意周到な計画のもとに動いてる国なので、小っちゃいことじゃないんですね。だから、僕はおそらくあると思います。それはどうやって世界を支配していくかということの論理としては、特に覇権国家ですから、中華思想もあるし、僕はよくわかるんですけれども、そういったラインは基本的にあまり好きじゃないというのと、それを突き崩していくのは、日本とは言わないですが、もっと細やかなもの。

知的な作業もそうじゃないですか。細かいところから突き崩していくという。それこそ『12人の怒れる男』の映画じゃないですけども、大枠はこうだと、もう決まってるわけですね、いく方向は。でも、本当の方向ではないとすれば、ひとつひとつ突き崩して、オセロのように引っくり返していく。そういうことが僕は行なわれるべきであると思ってるんだけども、ただ、僕がそう思ってるだけで、いいかどうかわからない。

ひょっとしたら人類のためには、中国とかアメリカのやってることのほうがいいのかもしれないし、それは僕はわからないけれども、基本的には生理的に何となく気にくわない。中国や欧米列強がではなく、そのやり方がですけれども。僕はどうしても文学的なところがあるから、中国にある芸術的なもの、欧米にある芸術的なもの、そっちのほうを突出させるような世の中のほうが、楽しいなという。

ヤス 道教的なものね。

西塚 そっちに向かえばいいのにな、というくらいのものですけどね。世界に関しては。

ヤス そう。だから上から見た上意下達的なプランニングというか、計画そのものに対する極めて強い反発はあります。その意味ではよくわかりますよ。僕もやっぱりそういう反発はあるから。

西塚 少なくともそのくらいの認識は持たないと、政府はね。やられますよね、普通に。

ヤス だから言ってみれば、日本というのは本当に無理なんですね、それ。

西塚 無理なんでしょうかね。だって僕だって日本人ですけど、まあ、この程度のことくらいは何となくわかりますよ。それを政府がわからないはずがない。

ヤス いや、われわれが持ってる政治家の世代って、二世、三世議員じゃないですか。

西塚 まあ、そうですけども、よっぽどバカですよ、じゃあ。はっきり言いますが。

ヤス バカですよ。

西塚 安倍にしても、ヤスさんはこの間あまり深くはおっしゃらなかったんで、今度いつか突っ込んでみたいですが、あれはやっぱりバックにカルトがいますね。

ヤス カルトがいますよ。そう。

西塚 僕も気になって、ヤスさんもあまり言わなかったけど、ちょっと調べたら本当にカルトが入ってる。それはあまりにも気持ち悪いので話しませんけども、もうダメだこりゃですよ。

ヤス そうです。本当、そうです。

西塚 もう少しは…少なくとも最高学府を出てる人たちが基本的には政治家になるわけですから。僕は、コリン・ウィルソンじゃないけど、学歴はないけどもそれこそ調査報道で、一生懸命に書いていくという人のほうが好きですね。山本太郎みたいな人が政治家になったほうがいいんじゃないか。じゃないともう、現実を見ると本当にパッパラパー…

ヤス いや、パッパラパーですよ。今の日本の政治家って一番劣化したんじゃないですか? 何と言うか、明治維新を迎えて以来の劣化状態ですね、おそらく。戦前の政治家も劣化しましたけど、相当ね。近衛(文麿)内閣なんかはすさまじい劣化だと思いますけど、それ以上の劣化ですよね、おそらくね。

西塚 それでいきなり思い出しましたけど、石原慎太郎が『天才』という田中角栄の本を出しましたね。ベストセラーになってますが、あれだけ反・角栄の石原慎太郎が書くんだから、何か謀略でもあるのかなと思ってたら、意外と真面目に書いてるんです。本人がテレビにも出て発言してましたが、顔つきとか喋ってる内容を見ると、あれは本気ですね。ここにきて文学者としての何か良心が目覚めたんだと思います。

ヤス だったら、もっと早く目覚めろってね。政治家なんかにならなくてもよかったんじゃないですかね。

西塚 最後にちょっと素になって、いい仕事をしたんじゃないでしょうか。というふうに感じました。そういう意味でも、前回も話しましたが、ちょっと世の中のいろいろなものが引っくり返ってる気がするんです。今までの流れがちょっと変わってきたということを前回話しましたが、そのひとつとして石原慎太郎にも感じましたね。

日常生活レベルの認識から世界認識の論理は出てこない!

ヤス なるほどね。ちょっと話が変わりますけどね、われわれ普通、どんな人間でも日常生活で生きてるわけですよ。その日常生活を中心に、家族があって、仕事があってね、その仕事の職場の人間関係があって生きてるわけで、その日常生活でとおる常識があるわけですね。その常識を支えるものとしての常識的な認識があるわけじゃないですか。

人間関係は本来こうあるべきで、これが正しくて、これが間違っていて、人に対してこういうことをやるのは失礼なことで、でも彼とは親しいから、ここまでは許されるだろうとかね。そうした日常生活の認識があるわけです。われわれの日常をカバーする認識からは、世界経済がどうなってるとかね、日経株価がどうなるとか、日本の社会状態がどうなるかといったような、社会認識や世界認識は、絶対に日常生活の認識の延長線上には出てこないわけです

日常生活は日常生活の認識の中で留まるもので、それをどんなに叩いたとしてもね、そこからは世界認識であるとか、社会情勢の認識というのは出てこない。論理的に延長してみても出てこないことですね。

具体的に言うと、アヘン戦争ってありますね。アヘン戦争は当時、何年か後に日本に紹介されてるんですが、どのような形で紹介されたかというと、中国のひとりのかわいそうな若い娘がいたと。その若い娘を手籠めにしようとしたイギリス人がいて、それとの間に何か争いが起こって、それで戦争になったみたいな感じの理解なんです。

その理解は何かというと、当時の江戸の町人の日常生活の延長線上の理解ですよ。われわれの日常生活の認識の延長線上ですべて理解するとしたなら、たとえばこんなことになる。イスラム国という団体が何でできたのかというと、本来自分たちが所有すべき石油の所有権を、欧米の石油会社が取得しているから、それはおかしいんんじゃないかと言って出てきたんだと。そう言えば、われわれの日常生活の世界観として合点がいくわけです。

たとえば、どこかでテロがあった。そのテロの理由というのは、女に振られた男が銃を持ってレストランに押し入って、自分のストレスを発散するために乱射して、それがきっかけとなって大きな事件になったんだと言えば、われわれの日常生活の論理からわかりやすいわけです。

でも、それを飛び越えた論理、アメリカとロシアの駆け引きであるとか、中国の覇権主義であるとか、全然違った世界認識を理解するためのパワーゲームがあるわけですね。

つまり、日常生活の論理から見ると、すべてが好き嫌いに解体されるんです。

西塚 そのとおりだと思います。だいたいそうですね。そこで重要なキーポイントになるのは、もたらされる情報なんですね。それが、たとえば今おっしゃったような、アヘン戦争はこうこうこういうものなんだよと言えば、それは町人ですから、落語家も含めて、文化的にまとめてしまう力を持っていますから、じゃあ、こうこうこういうことだよね!と、パーンと響くだけの話であって、実際は知らないわけです。

ただ、その情報をもとにして、町人的な論理に収めるだけであって、そういうことが繰り返される。だから、誰がどこに情報をもたらすかという、誰がってことと、情報の質が極めて重要なことであって…

ヤス 情報の質は重要なんだけど、情報を選択する側の問題でもあると思うんです。

西塚 その情報がなかった場合…

ヤス 今でもそうなんですね。僕の周りにいろいろな経営者がたくさんいますけど、中国は気にくわない、生意気だって言うわけですよ。

西塚 (笑)、それはちょっと違いますけどね。

ヤス それが日常生活の論理ですね。中国は生意気だよ、あれは。習近平は生意気だ!って。生意気だって、お前は友だちじゃないだろって(笑)。

西塚 それは、僕に言わせればまったく同じことですよ。生意気だ!と言う経営者が、もしいるとすれば、情報が偏ってるわけです。

ヤス それは情報というか、感情のほうが先に立ってるわけです。自分の感情で情報を取捨選択してるわけですよ。

西塚 僕はそれは、たまたまだと思いますね。だって、ちゃんとわかれば、わかるわけですから、普通は…

ヤス だから、何をわかろうとしてるかは、本人の主観ですよ。

西塚 じゃあ、たとえば10個情報があるとしたら、自分の気に入った情報しか選ばないということですか?

ヤス そうです。

西塚 そんな人います?

ヤス ほとんどそうですよ。

西塚 それは信じがたいですね…

ヤス いや、それが日常生活の論理で、その論理で多くの人たちが生きられちゃうということだと思いますよ。

西塚 だとすれば、僕はちょっと理解を超えるんですけれども…

ヤス それは西塚さんが知的だからですよ(笑)。

西塚 いや、そんなことはありません。そうじゃなくて、情報はそれだけじゃないだろうという前提があるからですよ。

ヤス いや、それはね、自分の感情が反応しないものに対しては、そうやってやるでしょう。

西塚 反応したとしても、疑いますよね。

ヤス 疑わない人がかなり多い。だからネトウヨみたいなのが出るわけです。ネトウヨって何が反応してるかというと、韓国は生意気だよ、オラァ!でしょ?(笑)

西塚 だとしたら、感情でしか反応しないし、他の情報も知ろうとしないし、こういうものであれば喜ぶとわかれば、簡単じゃないですか、そういう情報を与えればいい。

ヤス そうですよ。だからネトウヨは簡単に引っかかるし、ネトウヨが存在するわけでしょ? ネトウヨが結集してるようなサイトにいってみるとそうですよ、全部。

西塚 それは自分の主張としてあるならわかりますが。

ヤス いや、主張はない。全部、感情の論理ですね。

西塚 僕も感情的なところがあるから、それはわかるんですけどね。感情はあってもいいと思うし。

ヤス 言ってみれば、気に食う、気に食わないですよ。宮台真司さんがよく言うじゃないですか。社会にまったく関心がない層が、世界情勢に対して噴いてくると言うんですね(笑)。噴き上がるわけですよ、感情がワーッと。そうした感情の噴き上げによって、世界とつながっていくという人たちがいるわけですね。

だから、そういう人たちというのは、普通は小っちゃな日常生活の論理でしか生きてないわけです。それで特定の世界情勢に関して、気に食う、気に食わない、あれがイヤだと、コノヤローと感情的に噴き上がるわけですね。

西塚 それはわかります。それでも、これだけみんながいろんなことを言ってるわけですから。

ヤス そこがポイントになってくるんですが、何が言いたいかというと、なぜ日本人は細部にこだわってしまって、世界的な戦略が苦手かということなんです。どういうことかというと、日常的な感情の論理の中に籠ってしまって、それを超えた世界情勢とか社会情勢とかにつながろうとすると、いくつかのつながり方しかないということです。

ひとつは、日常的な感情をどんどん延長させて、噴き上がってくるということ。これはある意味では、つながりと言えばつながりです。気に食うとか気に食わないということ。第2は、イデロギーがそこに介在するということです。日常生活の論理を超えたところで、すべてイデオロギーで判断する。本来こうあるべきなんだ、これが正しいんだと。それに従わないヤツは全部おかしいと。

もうひとつ第3にあるのは、現実的な知識を積み重ねて、実はあなたたちが生きてる日常を超えた世界があるんだということを、きちんと教育を受けて、世界認識のやり方を身につけなくてならないということです。

第3のレベルの教育が、日本は恐ろしく貧困だと僕は思います。

西塚 僕はちょっと違う見方をしてまして、そうかもしれませんが、いわゆる今おっしゃったような感情といったものが、庶民のレベルでも、どんなレベルでもいいんですけど、人間にはあると思うんです。ものすごく知的で、日本人以上に知的で戦略的で、ある大きなビジョンを持ったりするのは、いわゆるイルミナティとか、支配者の連中かもしれませんけど、その基本にあるものはひょっとしたら、小っちゃな感情的なルサンチマンかもしれませんね。それをもとに壮大な計画を練って、しかも支配していくということなのかもしれません。

そうなると、いわゆる庶民、小さい日常生活の中に閉じこもってですね、ある種好き嫌いで生きてる人たちというのも、同じ感情に基づいて生涯を終えていくのかもしれませんけども、壮大な、ひょっとしたら何万人も殺すような災いや、危険なものは形作らないで、小さいところで死んでいくという言い方もできますね。だから、同じ感情でも全然違ってくるわけです。それは戦略の違いであるだろうし、目的の違いかもしれないし、ルサンチマンの深さの違いかもしれない。

どんな人間であれ、大もとに感情というものが少なくとも関わっているとするならば、僕は日本人を美化するつもりでも何でもないですが、せせこましくて、ムカつくところはいっぱいありますけどね、わりと良質なほうだと思うんですね。でも、そうじゃない感情を培った人たちが地球上にたくさんいるので、そういう人たちにやっぱりやられてしまう。やられやすいということもあるかもしれない。

最終的にはファーイーストだったので、ここまで残ってきたけども、いずれ滅びる国かもしれないし、民族なのかもしれないと思うんです(笑)。でも、いいものとして掬い上げていくものがあれば、掬い上げていけばいい。あるわけですから。歴史も省みて、ある原理原則まではいかないにしても、そうすると教条的になってしまうので、そうじゃないんだけども、何かに基づくもの、もうちょっと体感できるようなもの、みんなが共感し、共有できるようなものに基づいていくべきだろうと。

じゃないと、何なんだろう人類は? ということが大もとの話としてある。そこにビリー・マイヤーも含めたことも絡んでくると思うのですが、そういった意味で、あまり大きな話をするつもりはないですが、僕は日本というのは可能性があると思うし、いろいろ中国を含めて、欧米のいいところもありますが、日本のある種のアホさかげんというか、あまりにもナイーブすぎるんでやられちゃって、日本のいい芽もなくなる。

なくなった結果、やっぱり最終的にはおそらく中国と欧米との対決になって、滅びちゃうということにもなるかもしれません。

ヤス 滅びるかどうかはわからないけど、日常的な論理は何かというと、好きか嫌いかの好悪の感情が露出した論理ですよ。基本的にはね。好悪の感情であるとか、日常的な論理で捉えられないような世界があるということを、われわれは学ばねばならないということですね。

西塚 それは、もうそのとおりですね。

ヤス そのような世界とは何かというと、論理でしか理解できない。日常生活を超えた社会的な論理を適用しないとわからないようなね、世界のあり方というのがある。これは、学んで勉強しないとわからないということなんですね。

問題は、そのような世界認識です。日常生活を超えた世界認識といったものの存在が、別のひとつの水準として存在するんだと。そうした世界認識といったものは、人間の好悪の感情みたいなものに解体はされ得ないんだということね。され得ないどころか、そうした世界認識に一回立ってみないとね、何が世界で現実に起こって、社会で現実に起こっているのか理解できないんだということ。それを教育として普通、学ぶのが大学レベルなんだけども、その大学レベルの教育が劣化してて、全然成り立ってないということなんです。日本ではね。

欧米の教育、たとえばメルケルという人がいるでしょ? メルケルは東ドイツ出身です。東ドイツ出身なんだけども、メルケルという首相は、ドイツとかEUとか、大枠の問題に関してガーッと認識していくわけですね。彼女の認識はイデオロギーでも何でもない。しかしながら、EUがどのようなメカニズムで動いてるかということに関して、極めて冷徹な知的な把握の仕方をする。好悪の感情はいっさい関係ないわけです。

それをひとつのシステムのモデルとして理解してるわけですね。システマティックなモデルとして理解するだけの、別の水準の知性が存在するということです。日本の大学では残念ながら、水準の異なる知性として教えることに失敗して、どうなるかというと、イデオロギーの巣窟になるわけです。全部。右派のイデオロギー、左派のイデオロギー、もうぐちゃぐちゃになる。

社会認識のレベルにいくと、イデオロギーでぐちゃぐちゃになってるので、その中にカルトが入り込んでくる。そうすると、社会認識という極めて現実的なシステマティックなモデルで社会を認識する人たちの集団が、出てきにくい環境ができ上がってくる。そうすると、カルトになるのか、イデオロギーになるのか、といった選択しかなくなってくる。

そのような状態の中に、われわれはあまりにも長く生きすぎてしまった。だから3つしか世界がない。日常生活の好悪の論理に生きるのか、いわゆるカルト的な世界に生きるのか、あとはイデオロギー的な社会認識に生きるのかですよ。

西塚 僕はそれはインフラを変えれば、本当に変わると思うんですよ。やっぱり東京の一極集中も問題で。江戸時代の寺子屋制度なんかを見れば一目瞭然のようですが、日本列島で300くらいある各藩が勝手に統治してるわけです。明治になって、明治維新以降、国勢調査をしますよね。そのとき、東京で96万人かな、それで一番多いのは石川で180万人、その次に新潟で155万人というデータがあって、要するにバラバラなわけです。みんなそれぞれの地域がボリュームを持って、その中でいろんな関心もあれば文化もある。

まあ、仕方がないわけですが、富国強兵で一極集中した結果、画一化されて今に至る。その弊害が出てきてるだけだと。だけといってもでかいわけですが、そうだと思うんですね。みんなそれぞれ頭があるのに、ひとつのペーパーテストで…この間話した週刊文春の記事で、東大とハーバードの違いみたいなものですね。自己アピールしろって言ったって、できなくなっちゃうという話です。

自己アピールするときは、やはり自分を客観視しなくてはできないことですから、自分はどれだけの価値があるんだろうということがわからないと、何もできないし、書けない。だから、その小論文がハーバードにとっては一番重要だとすれば、ハーバードはある種恐ろしい大学だなと。

ヤス そうですね。これはコロンビア大学のPh.Dの入学試験ですけど、経済学部のね。ものすごい難解な質問をされるわけです。現在の経済学者でも答えられないような。どのような手段を使ってもいいから答えてみろと言われるわけです。参考文献が20冊くらい並んでる。これは読んでもいいし、読まなくてもいい。君たちの自由に答えろと。それを答えるためには、相当高度なね、たくさんの異なった理論的なモデルを知らないと答えられないわけですね。

そうすると、ある社会的な事象というのは、われわれの感情が届く領域を超え出すと、あとは何かの具体的な理論的なモデルを援用しないと認識できないんだということははっきりしてる。そのようなモデルは実はいろんなものが存在するんだと。じゃあ、どういうモデルを用いて、どのようにして社会認識をするのかということは、あなたにまかせられてるということですね。

西塚 いや、まったくおっしゃるとおりですね。そこで僕はひとつ傲慢にもつけ加えたいのは、それこそゼランドで言えば、理性は過去のものはいくらでも組み立てられる。最終的に心を打ったり、相手にアピールできるものは、やっぱりクリエイティブなことなんですよ。

だから今のコロンビア大学のことで言えば、いかようにも作ってもいいんだけども、われわれを納得させろ、感動させろということだと思います。少なくともいろんな理論とか、いろいろとああでもないこうでもないという分析力は必要ですね。それから論理的な構成力も必要でしょう。最終的には創造するときの自分のひらめきであり、直感であり、ある種のフレキシビリティーでありということが試される。

でも、その前提には、分析力、構成力があるわけだから、そこも試されるし、最終的には創造力で判断される。それはすばらしい試験だと思うし、なかなか突破できる人はいないんじゃないかと思いますが、あえて日本人によく言えば、分析能力、構成能力までは、かろうじてあるかもしれないくらいのところじゃないでしょうか?

ヤス それを教育する現場がないということなんです。日本でね。たとえばヨーロッパ、別にヨーロッパがすごいと思ってるわけじゃないんだけども、欧米の中で、リーダーであるとか、教養のある人間が当然持ってるであろう知的教養が、日本のリーダーにはないんですよ。

西塚 途中まであったんだけどなあ…

ヤス 途中まではあった。欧米の知的リーダーが持ってるような一般的な教養の水準って何かというと、哲学だし、社会認識のモデル。マルクス主義がどういうモデルか知らないリーダーなんて存在してないわけだしね、おそらく。それはかなり深いところまで、けっこうみんな本を読んで知ってる。

マルクスの『資本論』を読んだかと言えば、おそらくヨーロッパのリーダーのほとんどは全部読んでるはずです。それは何で読んだかというと、大学の授業で教えてたし、読まざるを得ない。じゃあ、カントを読んでるかと言えば、読んでる。ヘーゲル読んでるかと言えば、読んでると。おそらくね。日本でも本居宣長まで読んでる人たちもいるわけですよ。中国の司馬遷あたりまで読んでるような人たちもたくさんいるわけです。

そうすると、世界にはさまざまな世界認識のモデルがあって、そういう異なった世界認識のモデルを使うと、現代の世界はこのように認識可能なんだといった認識の可能性をよく知ってるわけですね。その中で、現在の世界の持ってる課題、社会の持ってる課題を解決するのに、一番近い認識のモデルはこうこうこういうものなんだというところでは、ある意味で共通の認識に立ってると思いますね。

たとえば、プーチンにしろ、メルケルにしろ、やっぱり同じようなものを読んでる。同じような社会認識のモデルを立ててるということなんですね。それのレベルに立ててないということだと思いますね。

西塚 それは最悪であってですね、それを大前提だとすればいいんですけども、たとえば名前は出さなくてもいいでしょうが、ある学者がいる。いろんな本を読んでいて、教養があって、いろいろなことに造詣も深い。東大の文学部ですが、いろいろと引用して例も出しますが、ことごとくおもしろくないんです。言ってることは腑に落ちたりするんだけど、新しさがないわけですね。ある種、日本の東大的な知の限界ですね。

だから、プーチンであれ、メルケルであれですね、僕は詳しくないですが、本を読んでいて最低の教養があったとしても、プラスアルファのほうがかなり、そっちのほうがはるかにでかくて、それが魅力になり、ある種の怖さになり、パワーになってるという人が指導者になっていくんだと思います。教養は極端に言うと、僕はなくてもいいくらいだと思ってるんです、それがあれば。

一を知れば十を知るぐらいのものがもともとあれば、パンパンとわかりますよ。田中角栄みたいに、おそらく。でも、それがまれだとすれば、少なくともそれくらいの教養は身につけろよというお話かと思うんですけれども、さらにその上のレベルとなると、上というか…

ヤス いや、田中角栄は稀代の読書家として有名ですよ。

西塚 ものすごいですよね。

ヤス だから、田中角栄に教養がなかったかと言えば、とんでもない(笑)。

西塚 教養というか、いわゆる学歴がないだけであって、教養はものすごくあった人ですね。

ヤス そうです。田中角栄くらいものを知ってる人はいないというくらい、よく知ってた。

西塚 そういった意味ならわかるんですが、わかるというか、僕はいいと思うんですけれども、本当は教養は大していらないと思ってるんです。でも、ヤスさんが言うように、その最低限の教養すら、日本の政治家にないというのはどういう事態かという。

ヤス 最近よく言われるんだけど、どこかでちらっと外国の記事でしたけど読んだんですが、基本的にはスティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも、ジム・ロジャーズにしろ誰でもいいんだけども、世界のリーダー的な存在として出てきてる人たちが、どういうものを読んできたか。膨大な読書量だと。ほとんど、人生のかなりの時間を読書に費やしていた。

西塚 読書自体がいいというわけでもないかもしれませんが、知識が吸収できるし、ひょっとしたら人と会った何倍もの…

ヤス 何を読んだかというと、文学作品も当然読むんだけど、文学作品だけではなくて、やっぱり社会をどう認識するのか、世の中をどう認識するのか、問題をどう認識して、どのようにアプローチすべきかといったことに関する知識ですね。それは、日常生活の好悪の問題などといったものから抜け出さないと無理だということです。

西塚 ビル・ゲイツもハーバードですが、中退して自分の興味のほうにいっちゃう(笑)。そこがユニークでもあるというか。

ヤス 怖いのは、日本の多くの政治家の中でね、日常生活とは違った水準で社会を社会として認識するだけの、認識能力があるような連中はいないんではないかということです。だから言ってみれば、カルトばっかりなんですよ、本当に。

西塚 それはおもしろいというか、どういうことなのか…

ヤス おもしろいというか、カルトがそれだけ多いというのは、極めて病的な現象だと思いますよ、僕は。

西塚 アメリカにも多いんじゃないですか、カルトは。

ヤス カルトは多いですよ、やっぱりすごく。

西塚 ただ、同じカルトでもですね、ちょっと質が違うような気がしますけどね(笑)。

ヤス いや、アメリカのキリスト教福音派のカルトって、ものすごいカルトですよ、本当に。福音派のカルトが大統領になったら大変ですよ、これ。ブッシュはそれに近かったわけですけどね。ただアメリカの場合、それを押し戻すような逆の力もものすごく強大だってことです。

西塚 パッパラパーで、担がれただけということもあるでしょうけど。

ヤス ただ安倍というのはカルトですね。

西塚 自分で判断してませんもん。聞いていてわかるというか、あれこそヤスさんが言ううところの感情で動いてますよ。

ヤス そうです。

西塚 要するに子どもというか、僕が言うのもへんだけど(笑)

ヤス (笑)。やっぱり日常生活を超えたところにあるような、世界認識、社会認識といったもののひとつの水準があってね。それは人間の好悪の世界に解体できないんだということ。できない水準があるということを知るだけでも、大きいと思います。

「個を超えた存在」VS「個」

西塚 いや、でかいと思います。それでまあ、こういうこともやって、ヤスさんともこのお話をしてるつもりなんですけども。最終的に3つのタイプがあると思います。ものすごく安倍的な人。あれだけ断言できるということは、何かに依存してるんですね、僕に言わせると。

あの人は、自分で考え抜いて考え抜いて、これしかないという直感も得て、それで信念もあってやってる人ではないと思います。何かのお墨つきがあって、それを金科玉条のごとく守ってるだけ。こうなんだからこうなんだという、それこそアカウンタビリティーがまったくないということは、それでいて、あれだけ言い切れるということは、何かを信じている。それはもう自分じゃないですよ。何かがあって、それを言ってるだけです。

もうひとつは、自分でいろいろ考えてですね、もうこれしかないというところで行動する人。仮に間違ったとしても。安倍はそういうタイプではない。もうひとつは、その両方を検証する人。そういう立場の人。

僕は怖さを安倍には感じますね。本当に怖い。僕は本当にわからないんですよ、何を考えてるのか。何回も言いますけども。

ヤスさんからいろいろ聞いて、ああそういうことなのかなという、バックにもこういうのがついてるだろうしと、わかるんだけれども、僕は安倍は一番怖いタイプですね、どちらかと言うと。

ヤス 僕はそれはね、共有する。はっきりしてるのは、今の日本の潮流としてふたつあると思います。個を超えた存在を認めるのか、認めないのか。そこでふたつに分かれる。安倍というのは、まさに認めるというほうです。

西塚
 そうですね。

ヤス 個を超えた存在は何かというと、政府であり、国家であり、民族であるわけです。国家とか民族の中に、むしろ個を組み込むという流れになってくるわけですね。そうすると、個を超えた存在の正当性を確保しなければならない。担保しなければならない。どうやって担保するかというと、やっぱり神秘化による担保なんです。

神秘化による担保にはいろんなやり方があると思います。たとえば、記紀神話による担保という方法もあれば、ナチスの思想家のローゼンベルクのような、いわゆるアーリア人説、アーリア人そのものがアトランティス人の末裔であるといったような(笑)、そのような民族的な神秘化による担保の方法。日本民族というのは、ユダヤ民族の末裔であり、神から選ばれたという選民思想であるとか、いろんな担保の仕方があるんだけども、要するに神秘化なんですよ。

西塚 それは僕に言わせれば、検証が難しいというだけですよ。

ヤス 難しいというか、ほとんど検証ができないようなものを無理に持ってくる。

西塚 やろうと思えばできるんだけども、そうじゃなくて、自分の都合のいいものを持ってきて、押しつけてるだけの話であって、煙に巻いてるんですね。

ヤス 煙に巻く。だから、国家とか民族といったものを神秘化する。神秘化の大もとになってるものは、その神秘化のためのイデオロギーです。そのイデオロギーがどんどん信仰にまで達すると、やっぱりカルト化してくるわけですね。民族とか国家を神秘化して、その中に個というものをどんどん組み込んでいく。

西塚 それは本当に不快だし、たぶんみんな不快だと思うんだけれども。

ヤス それはまさに安倍の方向ですね。それに対して、逆に本来の方向というのがあって、これは本来の民主主義の方向だと思いますけどね。言ってみれば、社会を構成するのは実は個しかないんだと。個というのは、自我を持った存在としての個だけではなく、いわゆる個の中にある、それこそビリー・マイヤー的な純粋意識じゃないけれども、実は偉大な力を持った個というのが存在していると。本来の現実の唯一の形成主体は個なんだということ。個ということに焦点をおいて、むしろ国家とか民族というものを、個に向けて解体していくというひとつの流れですね

われわれが生きてるグローバリゼーションの時代というのは、まさに後者のね、個の時代です。ただ、安倍が立ってるのはそうではなく、その逆のパターンです。国家とか民族に対して、個をどんどん解体して組み込んで、むしろ国家というものを神秘化する流れの方向に向ってる。

西塚 大きなグローバリゼーションの流れは、ある種の相似形というかフラクタルになっていて、それが安倍的なものでもあるんでしょうか? いわゆる超階級社会の方向へと、安倍も何かに呼応するように向かってるけれども…

ヤス それはね、まだどちらの方向にいくかというのはわからない。超階級社会というかね、神秘化した民族や国家を強化させて、それに個をねじ込んで組み込んでいくという方向にいくのか。そうではなくて、個が本来の個の持ってる偉大性に目覚めて、そうした個がネットワーク的に連帯しながらね、新たな現実を創っていくという方向にいくのか。まだどちらの方向にいくのかわからないという状態なんだけれども、僕は楽観的ですね。

西塚 僕も楽観的なんです。

ヤス おそらくね、最終的には個が勝つ方向にいくんではないかと思ってる。

西塚 ちょっと傲慢な言い方かもしれませんけども、何で楽観的かというと、ヤスさんもそうかもしれませんが、自分がそっちのほうだからなんですよ。

ヤス なるほど。

西塚 自分の方向がネガティブと思う人は、なかなかいないと思うんです。自分がある種、そっちのほうが楽しいと思っているから、楽観的だと言ってるだけなのかもしれない。でも、まあしょうがないというか、それは楽観的ですね。だからそのへん、もうちょっといろいろ批判していただいていいんですが(笑)。本当に細かく。

ヤス いえいえ、まあ批判するとすれば、女性問題とか、そっちのほうで…(笑)

西塚 そのへんは僕も必ず…(笑)。下卑た言い方ではなくて…

ヤス 何か告白するんですか?(笑)。

西塚
 いや、そうではなくて、いろいろつながるような話として、自分の体験談として、これは自分のブログにも書いてるので、まあサンプルとして。

ヤス 不倫の告白(笑)。

西塚 いずれというか、早いうちに語って、いろいろとやります。それこそヤスさんからも出てくるかもしれない。

ヤス いえいえ、僕はないですよ(笑)。もてないので大丈夫です。

西塚 いやいや、そんなことはないです。僕はいろいろ知ってますからね。何か、ちょっとへんな方向になりましたが、時間もそろそろあれなんで…

ヤス アハハハハ。

西塚 続きがあれば、また次回に持ち越しますので、今回はこれで終えます。今日はありがとうございます。

ヤス バツが悪くなった(笑)。はい、どうもどうも。

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