「世界の創造」と称してつらつら書いたが、
“重要性”に関してはまた書くとして、
“夢”について思い出したことがある。

ことあるごとに私は、1999年の映画として、
かなり重要だと思われる映画が2本あると言ってきた。
というか、1999年に公開された映画を全部見比べて(そんことは不可能だが)、
この2本が重要だと言ってるわけではもちろんなく、
たまたま重要だと思った映画が、たまたま1999年に公開されたにすぎない。

それは、ウォシャウスキー兄弟(当時。今は姉妹)の『マトリックス』と、
キューブリックの『EYES WIDE SHUT』である。
このふたつの映画でも、“夢”が微妙にキーワードになっている。

『マトリックス』では、
あ、もしこの2本の映画を観てない人がいれば、
かなりのネタバレにもなるので、お気をつけください。

『マトリックス』では、冒頭付近でキアヌ・リーブスことネオの部屋に、
チョイとかいうヤツとその仲間が訪ねてくるが、
それはネオから違法なディスク(たぶんハッキングに関するものか、
何かのデータ)を買いとるためだ。
そこで、部屋のドア付近でこんな会話が交わされる。

CHOI Something wrong,man? I mean,you look a little whiter than usual.
何かあったのか? いつもより顔色がわるいぜ。

NEO My computer,it…You ever have that feeling where you’re not sure if you’re awake or still dreaming?
コンピュータに……お前、起きてるのか、まだ夢を見てるのか、わからないときはないか?

また、ネオが「マトリックス」とは何かと探しているところに、
キャリー・アン・モス演じるところのトリニティーに誘われて、
ローレンス・フィッシュバーン演じるモーフィアスに出逢うシーンで、
モーフィアスはネオに次のように聞く。

MORPHEUS Have you ever had a dream,Neo,that you were so sure was real?
現実だと思っていたことが、夢だったことはないか、ネオ?

What if you were unable to wake from that dream? How would you know the difference between the dream and the real world?
もし、その夢から醒めることができないとしたら、夢と現実の世界をどうやって区別することができる?

このほか、“現実”に関することやら、“予言”“覚醒”に関して、
さまざまなやりとりが散りばめられているが、それはまたあらためて書きたいと思う。

いずれにしろ、映画『マトリックス』は本当に興味深く、結論から言えば、
“マトリックス”はゼランドが言うところの“振り子”であり、
救世主ネオはわれわれなのである。

『EYES WIDE SHUT』の“夢”の部分は、ラストシーンに登場するが、
これはエンディング間近の会話なので、完全にネタバレになる。

トム・クルーズ演じるビル・ハーフォードの夫と、
当時の実の妻であったニコール・キッドマン扮するアリスとの会話で、
いろいろとあった末のクリスマスの前日(たぶん)、
子どもとプレゼントを買いにデパートにやってきたときに交わされる。

ALICE Maybe I think we should be grateful…grateful that we’ve managed to survive through all of our advetures. Whether they were real or only a dream.
たぶん、私たちは感謝すべきなんだと思う…いろいろと降りかかってきた危険を何とかやりすごすことができたんですもの。たとえそれが現実であれ、ただの夢であっても。

BILL Are you…are you sure of that?
君は…君は本当にそう思うかい?

ALICE Am…am I sure? Erm. Only…only as sure as I am that the reality of one night――let alone that of a whole lifetime――can ever be the whole truth.
本当にかって? ええ。ただ…ただ確かなことは、ひと晩の現実が…それが全人生の現実だとしても……全部が真実なんてことはあり得ないのよ。

BILL And no dream is ever just a dream.
そして、どんな夢だってそれはただの夢ではない。

ALICE The important thing is we’re awake now,and hopefully……for a long time to come.
大事なことは、今、私たちは目覚めてるってことよ。そして、できれば、これからもずっと目覚めていたい。

BILL Forever.
永遠に。

ALICE Forever?
永遠に?

BILL Forever.
永遠にだ。

まあ、何だか、ただの“夢”の話のようになってしまったが、
『EYES WIDE SHUT』でも、このほか、セックスの問題、本音と建て前の問題、
フリーメーソンやイルナミティのような秘密結社の儀式などに関して、
極めて興味深い言辞が何気なく出てくる。

そして、強いて言えば、アリス=本音、ビル=建て前の形で物語は展開されるが、
そうしたものすべてが、「stage(芝居)」「charade(茶番劇)」「fake(インチキ)」
といった言葉に象徴されることでもある、ともとれるのである。

その3つの言葉は、ヴィクター・ジーグラーという、
得体の知れない大富豪のセリフなのだが、また長くなるからよそう。

何しろ、私にとっては興味のつきない映画であることは確かだ。

何だかしりつぼみだが、そう言えば前にも書いたが、
キューブリックはアナグラムが好きだったと聞いていたので、
『EYES WIDE SHUT』をバラしてみると、
“WE SEE HIS DUTY”になるのだが、これはウガちすぎだろう。

数秘術や関係妄想、ゼランドのいう“サイン”もまた、線引きが難しく、
というか、説明が誤解されやすく、武術のワザの会得というか、
簡単に言えば、自転車に乗る練習中にハッと乗れる瞬間、
自転車と一体化する瞬間を説明するに近いものがある。

でも、あきらめないのである。
性懲りもなく。

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