今日は夏のようだった。
それでも日差しは秋だった。
どこかやわらかいというか、もの悲しさがあったね。

午後、新宿のロフトプラスワンに用があって、
帰りに歌舞伎町を駅に向かってたら、ゴジラのテーマが流れてきた。
そして背中のほうでゴジラが吠えはじめた。
東宝のビルの屋上にいるゴジラだ。

14時くらいだったが、あれは定期的に音楽流して、
吠えるんだな、きっと。

振り返ったら、ゴジラの口から青い光線が出ていた。
ちょっといいね、あれ。
血が若やぐ。

わあっー!? ゴジラだっっ!!!
って度肝を抜かれてみたいもんだ、一度くらい。
ホント。

しかし、東宝のビルには“ウシジマくん”のでっかいポスターも降りていて、
場所が場所だけにやたらリアリティーがあり、
本当に闇金のウシジマくんや、
『新宿スワン』のキャッチたちが現われてきそうだった。

どうなんだろ、実際に若い連中はそんなリアリティーというか、
妄想を持っていて、マンガや映画の世界と現実の世界の垣根が、
意外と低いんじゃないかという気がするんだが…

これだけSNSが普及して、芸能人や著名人たちもツイッターだ、
ブログだ、インスタだと、毎日のように何かしら発信して、
一般人からのコメントにも応えるし、
コメントを送る一般人のほうにもあまり抵抗がない。

今や“銀幕のスター”とか、
“ブラウン管の向こう”などという感覚は消えた。

YouTubeやニコ動では、“有名人”たちがたくさんいて、
それぞれのフィールドでカリスマになってたりする。

もはやプロもアマもない。
人類総コンテンツ化時代がきてるのだ。

いや、そんな大げさな話をしたいんじゃないが、
Ingressとか、ポケモンgoとか、プレステVRとか、
どんどん楽しいゲームが出てきて(どれもやったことがないが)、
しかも現実世界とバーチャルリアリティーを融合させたようなものだから、
何と言うか、わたしたちの感覚というか、

これはこうだから実際の現実の世界です、これはこういうところがあるから、
実際の世界なんだけど少しフィクションが入ってます、
これは完璧に仮想現実です、こんな生物はいないし、ただのまぼろしです、
といったような、リアルな現実と仮想現実を区別する、
何と言うか“認識条項”のようなものがあるとすれば、
今の私たちの脳は、その条項の整理に大わらわなんではないだろうか。

そうでもないのかしら?

特に若い連中はすっかりハイテクに順応しちゃってて、
一瞬のうちに、現実か仮想かを見極めることができるのかもしれない。

私の知人は、1歳だか何カ月だか忘れたが、
とにかく限りなくまだ赤ん坊に近い自分の子どもが、
親のスマホを奪い、
YouTubeから好きな子ども向け番組の動画を検索して、
キャッキャッと遊んで喜んでいると、
一作年くらいに居酒屋で言っていた。

私は飲んでいた生ビールを吹き出し、
“ウッソだろーーーっっ!!”とわめいた。

“いや、ホントなんスから”と、
そいつは初代林家三平ばりに言ったのだ。

私は本当に驚いた。

でも、テレビが一般家庭に普及したころ、
1歳のガキでも確かにチャンネルをガチャガチャ替えて、
好きな鉄腕アトムとかオバQとかを見ていただろうから、
やはり若いというか、子どもはハイテクに順応するのが早いのだろう。

でも、テレビのチャンネルを替えるのと、
スマホで動画を検索するというのは、
何だかエライ違いのような気がする。

子どももどんどん賢くなってるのだろうか。
確かに青っパナをたらしたガキは見かけない。

となれば、どんどん人類は賢くなっていくわけで、
めでたしめでたしなんだろうか?

ビリー・マイヤーの“創造と自然の法則と掟”と、
高橋信次の“八正道”と、
バートレットの“ゼロ・ポイント・エネルギー・フィールド”の話と、
ゼランドの“重要性”云々の話をするつもりだったのだが、
ガチャガチャとチャンネルを替えるガキと、
動画を検索する赤ん坊のイメージで何かが挫けてしまった。

出直すか…

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