いよいよ今年も押し詰まってきた。

でも、ここ数年はやはりクリスマス時期のノリが前と違うね。
ジングルベルも山下達郎もジョージ・マイケルもサザンも、
ほとんど聞かれない。

もちろん、流れてるんだろうし、
私があんま繁華街に行かないから知らんのだろう。

それでも、ここ数年、
そうね、テキトーにいえばここ5、6年、
日本のクリスマス時期のノリは、
あきらかに盛り下がっている。

繰り返すが、盛り上がってるところはそりゃあるだろう。
ほんの一部に。

みんさんのまわりはどうでしょう?

ほとんどいないんじゃないかな。
それ、クリスマスだ!って人たち。

子どもがいれば、
やれサンタさんだプレゼントだってあるかもしれないし、
サラリーマンでも何だか久しぶりに同僚たちと飲んだりして、
ちょっとスペシャル感があったりするんだろう。

あと、忘年会もどうなんだろうか。

どうも昔の楽しい感じが伝わってこないんだが…
ネクタイを鉢巻きにした千鳥足のおっさんとか、
いないでしょ? 今。

完全にイベントが個別化・細分化されて、
横のつながりというか、連帯感というか、
みんなでひとつのイベントを共有して、
その共有感みたいなものを楽しむということに、
もうずいぶん前から飽き飽きというか、
むしろ辟易しはじめているんじゃないか。

そういうのは、
もはや義務としか感じなくなっているんじゃないかな?

おそらく年賀状とか、初詣とか、
正月の何日目かでおしるこを作るとか、
七草がゆとか何とか、
文化としては残っていくだろうが、
当たり前に家族で行なうという感じではなくなるね。
ますます。

そのかわり毎年、
ハロウィンなんてものが盛り上がってるようだが、
あれは一種の変身願望というかストレス処理で、
カラオケブームみたいなもんだ。

ケチをつける気は毛頭ないし、
楽しければいいというところが私にもあるから、
全然問題ないのだが、
でも、ハロウィンって…とは思う。

もっと、面白いことというか、
興味深いこと、
えええーーっ!!!てことが、
世の中にはまだまだあるのに、
とも思う。

以前は気違い扱いされたり、
紹介することすら妨害されたり、
場合によっては命を落としたりして、
なかなか世の中に出てこなかった情報が、
いろいろな形で出はじめている。

隠せなくなってきたからだ。

それでもそういう情報が出ると困るヤカラ、
都合のわるい連中は、
そういう情報にすり寄りながらも、
自分たちの都合のいいようにすり替えていく。

それはそれはその手口は巧妙で、
特に“スピ系”と揶揄気味にいわれるジャンルでは、
昔から行なわれていることなのである。

だからこそ、
審神者(さにわ)のような“ジャッジ”が必要なのであって、
今後は個人でもグループでも、
そのあたりのジャッジがかなり重要になるというか、
はっきり言えば“死活問題”になるだろう。

でも、やはりそういう情報の出し方としては、
慎重にならざるを得ない。

私は、とにかくそういう情報は、
じゃんじゃん発信すればいいのだと、
バカみたいについ1、2年前までは思っていたが、
やはりそうではなさそうだ。

でも、出続けていることはたしかだ。
こういう情報とかね。

2 thoughts on “タメになる話”

    1. プンパ様

      コメントありがとうございます。
      ハリー山科さんは知りませんでした。
      YouTubeで拝見しました。
      なかなか興味深いことをされているようですね。

      事情を聞くというのは、
      いろいろと隠蔽されたり、ゆがめられたりする情報があって、
      そうした情報をハリー山科さんがご存じなのではないか、
      ということですか?

      ちょっと調べてみますね。
      いずれにしろ、情報をありがとうございます。

      西塚

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