書籍の編集とツワモノたちとの会合で、ここのところ濃い日々を送っている。

トランプがスティーブン・グリア博士のレクチャーを受けたとの情報も入ってきてるし、いよいよわけのわからない世界に本格的に突入するかもしれない。

来年は天皇の譲位・改元もあるし、宇宙人だか UFO 情報のディスクロージャーもあるかもしれないしということで、いずれにしろ大きな節目にはなりそうだ。

節目といっても、明らかに大勢の人間にわかる場合もあれば、個人レベルのサインみたいなものまでいろいろあるからアレだが、大事なことはそういうことに気づくということだ。

そこでまた面倒くさいのだが、「気づき」と「思い込み」は違うということである。

私もいわゆるスピリチュアル系の取材を多く経験してきており、今もそうだが、一番やっかいなのがこの「思い込み」なのである。

これは前回の一応「気づくこと」の続きで書いてるつもりだが、そこでも書いたが、気づいたから気づいたのだとか、わかったからわかったのだということと同じように、本人がそう思い込んだから思い込んだのだということとは違うのだ。

何かを思い込むとは、その思い込むことがらや対象について、本人のそれまでの経験値、それも特に理性的なこと、論理的なこと、つまり新しく体験してきたことをそのつどとりあえず理性を使って論理的に整理・解釈し、保存しておいたことをリソースとして、そこからあーでもないこーでもないと吟味したあげく、よーし!わかった!とばかり横溝映画の警部よろしく決めつけることをいう。

そして、一度そう思い込んだらまっしぐらなのである。

気づくことやわかるということは、そういうこととは違う。まさに気づくから気づく、わかるからわかるとしか言いようのないもので、ひょっとしたらこの私の話もわかる人にはわかるかもしれないってなもんだ。

今、関わっている書籍は予想を上回る素晴らしい内容で、おそらく『魂の医療』といったようなタイトルになるだろうが、そこに出てくるエピソードのひとつにこういうものがある。

アメリカでヒーリング関係の学校の校長を務める女性の話だが、師となる優れた女性ヒーラーの研修に参加したとき、彼女の教えてることはわけがわからなかったという。

それまでは他のところで直線的で論理的な教え方に接しており、その教え方、その思考方法に慣れ切っていたため、師の話が何の話がどこからはじまって、どうつながっているのかがさっぱりわからない。ただ、それが重要なことだけはわかる。そして、ヒーリングとは関係のない話題が延々と続く。

あとからこの女性は、その師の教え方はアメリカやカナダの先住部族の長老たちが行なう「らせん状」の教え方だと気づくのだ。

いわゆる西洋型の直線的な知識の受け渡しは、一度習って知識を覚えてしまえば終わりだが、らせん状の教えというのはぐるぐると巡って何度も何度も違う角度から味わい、知恵を汲み上げることができるという。

私もその通りだと思う。たとえば、武術の稽古などもまったく同じだ。だから、私は古武道や古神道、外国のメディスンマンたちの秘儀の受け渡しなどは、すべてが初めからつながっていると思っているが、それはまあいい。

何が言いたいのかというと、A → B → C → と、あるいは過去から未来へと一直線に進むような思考とはまた違う思考があり、その思考の積み重ねの中で気づいたり、わかったりすることが起きてくるということだ。

もちろん、私にも思い込みはあるし、思い込みがいいとかわるいとか言ってるわけではない。場合によっては、強い思い込みはものごとを実現させる力がある。

ただ、先のような「気づき」や「わかる」の在り方があるということを知らないと、少なくとも自分の「思い込み」に関して「気づく」ことはできないだろう。

 

2 thoughts on “気づくこと ②”

  1. 最近、Qanonについて知ったものですが、殿方は1年前から知っていたんですね!
    凄いと思いました。YOU TUBE観ていますので、これからも最新情報宜しくお願いします!

    1. 元様

      コメントありがとうございます。

      いえいえ、すごいのはヤスさんこと高島康司氏ですね、
      ヤスさんからはいつも最新情報を伝えていただいています。

      私は酔っぱらいの聞き手です。
      応援、ありがとうございます!

      西塚

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