ちょいと一杯のつもりで飲んで…♪とはよく言ったものだ。

…前回からの続きだが、何だっけかな、つまり『盤』で探究してきた中で、ヴァジム・ゼランドにはじまってビリー・マイヤーや『ラー文書』、ヌーソロジー関連、聖書、ヒマラヤ聖者や国常立尊の神託などなど、多くのスピリチュアルな文献を取り上げ、それぞれの意味や位置、立場など、横の関連を検証してきたが、それらが実はひとつの大きな構造の中にあり、宇宙の意味や地球の意味、人間の生きる意味が切り離すことのできない形で結びついているらしいことがわかった。

そして、2 月と 3 月頭のある講演会で、いわゆるスピリチュアル関係のそうした勉強会やセミナーなどの意味というか意義のようなことに関連して、最終的な確認をしに行ったのだが、やはり私の思っていたようなことであることをほぼ確信できたということである。

厳密に言えば、3 月頭の講演会はテーマのひとつが 4 月に持ち越されたから、そしてそのテーマの確認は欠かせないから、4 月頭の講演会の参加をもって最終的な確認ということになるわけだが、あまりにも回りくどい言い方で、ほとんど何を言ってるかわからないだろうと思う。

しかし、みなさん、ここにきて精神世界関係のことは、つまりスピ系だ、オカルトはちょっと違うが、いわゆるヒーリングだサイキックだ霊能者が云々といったことに関しては、ほぼ決着がつきかけていることを報告したい。

先述の『盤』が掲げているテーマ、「私たちはなぜ、存在しているのか」、「世界はどのようにして、在るのか」といった大きなテーマの概要は、もうわかったのである。

もちろん、わかったからといって何も解決したわけではなく、わかったからこそ、では具体的にどうしていくかということはみんなで考えていかなければならないことだ。

だからこそ、現在の『盤』の論議課題というかラインの 1、2、3 も紹介したが、これは現時点でのことであり、もっと具体的で実践的なラインを探究することにもなってくる。

そして今、そのもっとも要となる部分のプロジェクトを発動させようとしているわけだが、これは本当に驚くような内容で、何度も言うが、スピリチュアル関係のことがほぼすべて説明できるというか、論証できるようになるのだ。

だからもう、インチキ霊能者や詐欺のようなヒーリング、占い、何かお守りを持ったり、パワースポットに行ったり、山のように本を読んだり、どこかの宗教団体に入ったりする必要はなくなった。むしろ、自分でいろいろと判断できるようになり、同じような知識を持った人々と検証・確認をし合えばいいだけなのだ。

もちろん、それぞれ好きにやってもいいのだが、新たな知識が加われば、これまでの考え方がおそらく 180 度変わるので、その必要がなくなってくると思う。

しかし、世界に起きてくる事象としてはさまざまなことがあり得るし、それらをちゃんと「見る」ことは大事で、そういう情報は必要だし、需要もあるだろう。

そういう意味で、ようやくこれまでの『盤』の内容を簡単にまとめ、レポートとして発表する気にもなったので、大急ぎで作業に取りかかろうと思う。また、次の『盤』の開催の告知もする。

『盤』の参加者からも、ちょっと私は慎重になりすぎていて、とっとと出せばいいものを何をチンタラやってんだみたいなことを言われたが(実際はそんなキツイ言い方ではないが)、こればかりは私の怠慢ももちろんあるにはあるが、自分なりに納得できなければできないのである。

自分なりに納得するとは、自分なりに人にちゃんと説明できるということだ。

ちなみに先ほど、あるプロジェクトを発動させようとしていると言ったが、これは大いに期待していただいてよい。私がどこまでできるかはわからないが、いずれにしろ誰かが継続させていくことは間違いないもので、世界とも連動していく内容だ。

いろいろと了承を得ないとならないので、まだあまり詳しくは話せないが、じきに書けるだろう。

そう言えば、例のダウンロード違法化についての国会の審議だが、昨年から有識者の一部が警鐘を鳴らしていたが、先日、明治大学知的財産法政策研究所のホームページで発表された「検証レポート」が朝日新聞のデジタル版で記事にされていた。

ダウンロードの違法化は、権利者の許可をとらずにインターネットに上げられたと思われるマンガや写真、論文などをダウンロードすることを全面的に違法とする著作権法改正のことだ。

そんなことをしたら、発信力のあるブロガーや不都合な真実を暴く心あるジャーナリストのネット記事など、それ自体を取り締まることはできないとしても、関係する資料や過去の記事から「違法」な記事を探し出し、いろいろ締め上げることができてしまう。

だから、違法とする対象をもっと具体的に細かく規定して、範囲を狭めろと有識者の一部は言ってるわけだ。

そして今回、著作権法改正を進めている文化庁が自民党に正確ではない説明をしていた疑いがあるとして、先の明治大学の研究所が検証レポートをアップしたというのである。

それは、法改正について議論した昨年の 10 月から今年 2 月までの文化審議会の会合で、いったいどんな意見が出たのか、文化庁が自民党議員らに説明するために配った資料を入手して分析したものだという。

それによると要するに、

・説明資料には、法改正に慎重な意見が 3 つ、積極的な意見は 7 つ、発言者の名前を伏せて掲載されていた。

・慎重な意見には、8 人の委員の連名で慎重な意見を求める意見があったことが付記されていたものの、賛成意見は余すことなく紹介されているが、慎重な意見を出した 4 人の意見は省略され、紹介すらされていない。

・積極的な意見のうち、学者の意見とされた 4 つが、ひとりの 2 回にわたる発言を論旨ごとに 4 つに分けたものだった。

・慎重派のふたりの意見の一部を切り取り、積極派かのように誤解させている。

・全体的に積極的な意見は少数なのに、多数派だったような誤解を誘っている。

・著作権侵害物のダウンロードの全面的違法が国際的潮流かのように説明されているが、比較対象国がドイツ、フランス、カナダなどで、アメリカ、韓国、台湾、シンガポールなど、公正な利用であれば権利侵害にはならない「フェアユース」の規定を持つ国や地域も多くあり、軽微なスクリーンショットやコピー&ペーストなどは適法と考えられていることが紹介されていない。

といったことらしい。

そして研究所は、「政策判断を行なう上で、審議会における議論の状況を正確に把握すべき立場である与党に正確な情報が提供されていない点は、立法過程における極めて重大な問題をはらんでいる」、「これまでの文化審議会の歴史において極めて異例の形で報告書のとりまとめが行なわれた」として、かなり厳しく批判している。

まあ、普通に考えれば、文化庁はアウトだわな。

どんだけ姑息なんだかって感じだが、もはやここまでくると官僚が可哀想になってくる。どういうつもりなのか。おそらく、既定路線を進むことだけしか考えてないのだろう。それが日本にとってどういう意味を持つのかなど、中・長期的なビジョンを持って仕事に当る人材がないということだ。

しかし、まっとうなのは明治大学の研究所だ。どんなことでも、それが重大なテーマを孕んでいればいるほど、「検証」という作業が重要になってくる。

これはスピ系も同じだ。どことなくエンターテインメントの要素も強く、間口も広そうだからいろいろなビジネスも入り込んでくるが、ことは私がこれまで取材してきた経験からもそれほど単純ではなく、ヘタすれば人の生き死ににかかわるジャンルでもあり、金銭的にもリスクが高く、私は我が身をもってそこらあたりのことを体験しているからよくわかる。危ないのである。

スピ系はいろいろな意味でも、「検証」ということが欠かせない。

神がかりでもチャネラーでも、何の神なのか、どんな地球外生命なのか、宗教でも神示でも、どんな教えなのか、主張なのか、セミナーや勉強会でも、その講師なりファシリテーターのモチベーションはどこにあるのか等々、実は発信する内容にもまして、個人の思いや考えを知る必要があるのだ。

そしてそのへんを見定めることは、こないだの大工の棟梁の比喩ではないが、やはり腕のいい職人や優秀な専門家、経験値の高い研究家などと一緒に「検証」するしか方法はないのである。

そうでないと、かなり我の強い霊能者やセミナー講師のパワーから逃れることは難しい。なぜなら、そういう場に行くこと自体、まず関係性としてはあらかじめクライアント側に依頼心なり依存があり、霊能者やセミナー講師などは、その我の強さがほぼイコールその人の磁力やカリスマ性と結びついているケースも多く、意識するとしないにかかわらず、本人もそのことを利用し、ある種の共依存関係に陥っているパターンがほとんどだからである。

こうした場合、仲間が多ければ多いほど抜けることが難しくなる。もちろん、霊能者やセミナー講師がすべてそういった者ではないだろうが、なかなか難しい問題だ。

いずれにしろ今後は、何度も書いているが、「審神」(さにわ)といったことが重要になってくるのは間違いないだろう。

ん? 話がずれた? いや、ずれてはないが、そういった意味では先の明治大学の研究所の「検証レポート」の意義は深く、さすがの朝日も自分とこも無関係ではないから記事に取り上げたのだろうが、本来、文化庁の官僚のような姑息な誘導はマスコミの得意とするところだろうから、俯瞰してみれば何だか可笑しくもなってくるが、一応、マスコミであるならば、今回のような法改正には目は光らせてほしいものだ。

ニュースと言えば、先月2月22日、「はやぶさ2」が「リュウグウ」へのタッチダウンを成功させたと報じられた。

いいじゃないですか。