前回の更新から 1 週間以上過ぎてしまった。早い。びっくりだ。

今日も暑そうだ。

一昨日か、地震があった。千葉が震源とのことだが、東京も揺れた。何だか久しぶり感があったが、最近は西のほうが揺れていたからちょっと気にはしていた。

これから大きな地震があるとすれば、おそらく南海トラフなのだろうと思う。南海、東南海、東海、首都直下と連動すれば、これは最悪のシナリオだ。

同時に琵琶湖周辺から日本海に抜けるあたりも気になる。

地震の話はあまりしないのだが、最近はネットでも地震の話が減ったような気がして、天災は忘れたころにやってくるというから、忘れないように話そうという例の無邪気すぎる理由によって、ちょっと地震というか災害についても触れておこうかと。

出口王仁三郎はこう言う。適宜、ふりがなを入れる。

 

人間が堕落して奢侈淫逸(しゃしいんいつ)に流れた時は、自然なる母は、その覚醒を促すために諸種の災害を降(くだ)し給(たま)ふのであった。しかも地震はその極罰である。

我が国に地震の多いのも、神の寵児なるが故である。自然否(いな)天神地祇(てんしんちぎ)の恩寵を被ることの多いだけ、それだけにその恩寵に背いた時の懲罰は、一層烈しい道理である。もし地震が起らなければ人震が起ってその忿怒(ふんど)を漏らすに至る。近くは天草四郎や由比民部之介、大塩平八郎乃至西郷隆盛の如(ごと)き、みなこの人震に属するものである。

 

つまり王仁三郎によれば、日本は神からの恩寵を受けているぶん、堕落するとその罰も大きいというわけだ。そして、地震はその罰の最たるもので、地震じゃなくても何者かが天地を揺るがすようなことを起こすとし、島原の乱の天草四郎と慶安の変の由井正雪、大塩平八郎の乱、西南戦争の西郷隆盛をあげている。いずれも重税や悪政にかかわって勃発したことだ。

時の政府の堕落、圧政など、振り返ればその節々で天変地異や大きなできごとが起きている。専門家ではないからひとつひとつはあげられないが、疫病とか飢饉などではものすごい数の死者が出ている。

『日本書記』では崇神天皇の時代に、ウソかホントか国民の半分以上が疫病によって死んだとある。

半分だ。すさまじいことである。戦争や地震も被害者の数は半端ではないが、疫病やその少なからぬ原因となる大飢饉では、想像を絶する死者が出る。

平安末期の養和の大飢饉でも京都では 4 万人以上が死んだ。鴨長明も『方丈記』にその様子を書いているというか、例の「ゆく河のながれは絶えずして……」にしても、あの独特の沈鬱なムードは仏教的な無常観だけではなく、当時の状況を反映したものであることは間違いない。

養和の飢饉は 1181 年とあるから、安徳天皇が 3 歳で即位したころだ。そして 1185 年には壇ノ浦で平家が滅びるわけだから、まさに平安末期。

ちなみに 6 歳の安徳天皇とともに海に沈んだ三種の神器は、あとで源氏に回収されたとされるが、草薙の剣だけは見つからなかった。

それで思い出したが、仁徳天皇陵が世界遺産に認定されるとかされないとかというニュースがあった。

でも、どうなのだろう。仁徳天皇陵は当たり前だが天皇家のお墓だ。今まで学術調査でも制限を受けていたわけだが、世界遺産ともなればいろいろな名目で公式に調査も入る。大阪の役人も入る。いろいろなものが出てくるだろうし、何かの “証拠” みたいなものも出てくるかもしれない。

また話が飛ぶといけないが、ともかく時代の末期には大きなことが起きる。というか大きなことが起きたから時代が切り替わるのかもしれないが、江戸の後期にしてもあの享保・天明・天保の大飢饉があった。それぞれ、40 万人~100 万人クラスの人間が死んだわけだ。何なのだ、この数は。

当時の記録は多く残されていて、100 両を首にかけていた遺体もあったという。100 両の金があっても食べ物が得られなかったのだ。

そして、それこそ悪神が取り憑いたんじゃないかと思いたくなるような藩のヤカラが米価をつり上げ、いい加減にしろと大塩平八郎が掛け合ったが埒が明かず、私財をなげうって民を助けていたが、とうとう堪えきれずに乱を起こした。王仁三郎の言う「人震」だ。大塩平八郎の乱は 1837 年である。

世も末というやつだ。

その後、ペリーの黒船が 1853 年にやってきて日本に開国を迫り、翌年の 1854 年に日米和親条約が結ばれる。その年の 12 月 23 日に東海地震が起き、翌日の 24 日に南海地震が連動して起きる。そして立て続けに翌年には江戸で、今で言えば首都直下型の地震が起きるわけだ。いわゆる一連の安政の大地震である。

1858 年には、もうひとつの不平等条約である日米修好通商条約が天皇の勅許なしで結ばれ、日本は幕末の混乱へと突入していき、西郷隆盛の “人震” となる。

王仁三郎と言えば、艮(うしとら)の金神(こんじん)つまり国常立尊(くにとこたちのみこと)の神諭だが、岩戸閉めは過去に 5 度あるとされる。

天の岩戸は悪神の憑いた外国の霊魂が日本に入ってきたり、ひどい悪政が起こったときに閉じられるようだが、早い話が人心の乱れが起きたときに閉まるのだ。

最後の 5 度目の岩戸閉めは「仏魔」が来たときというが、これはいつだかわからない。

まあ、仏教伝来のときと考えるのが普通だろうから、仏教賛成派の蘇我氏と絶対反対の物部氏の対立が激化した 6 世紀ごろとなるが、これもわからない。ちなみに、先の崇神天皇時代の大飢饉はその前、だいたい 4 世紀くらいの話だ。

大本系の神諭によれば、艮の金神という世の元を創った神様は事情があってほかの正神(せいしん)とともに地の底に落とされていたが、やりたい放題し放題の蛇だ狐だ鬼だのを退治するため、ここにきて復権することになったということだが、その助っ人として木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)とか金勝要神(きんかつかねのかみ)といった美人の神様も地に出てきている。

別に美人の神様の話をしなくてもいいのだが、何だか話が暗くなってきたようだから、きれいどころに登場していただいたのだ。

昭和残侠伝シリーズでも、「では、カタい話はこのへんで……」とか何とか言って、「おーい!」とパンパンと手を打つと「はーいー」ときれいどころがズズっと居並ぶ。ちなみに金勝要神はトイレの神様で、木之花咲耶姫は俗に言われる桜ではなく、梅の神様だ。

そう、『大本神諭』冒頭の「三ぜん世界一同(いちど)に開く梅の花、艮(うしとら)の金神(こんじん)の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国(しんこく)の世になりたぞよ」とある、あの梅のことだ。

木之花(梅)が節分に開いて、末代(松)まで咲く世になったねということである。『大本神諭』では。

艮の金神系列で言えば、『日月神示』にもこういう言葉がある。

 

悪いこと待つは悪魔ぞ、いつ立て替え、大峠が来るかと待つ心は、悪魔に使われているのざぞ。

富士はいつ爆発するのぞ、どこへ逃げたら助かるのぞという心我れ善しぞ。どこにいても救う者は救うと申してあろが。悪き待つキは悪魔のキざぞ。結構が結構生むのざぞ。

 

「悪き待つキ」どころか「悪き起こすキ」もありそうなご時世なのだから、何をかいわんやである。

地震でも人震でもいいが、その手の話はどうしても終末論的な予言情報も取り沙汰されることにもなる。

災害関係の予言については、『ヒマラヤ聖者の生活探究』に「ホンモノとニセモノの予言」という項があり、こんなことを言っている。これもふりがなを入れておく。

 

1
よく悟っていない人達は、予言されたことは避けることのできないもの、一旦(いったん)起こるときまった以上必ず起らなければならない、といった間違った考え方をしています。併(しか)し、「予言はなされても外(はず)れるであろう」とは聖書のことばです。

2
予言は直接に地球に接し、それを取り巻いている精神層から大抵はやって来るものであって、実は人間自身の制約された物の考え方の投影なのです。人間の覚知力が此(こ)の分野に向けられると、この精神波の傾向や精神界で起こりそうな事を感じ取る事はあるが、その界層は偽りの予言の境域に属するものであって、すべて取り消し得るものです。

3
聖書は人々の注意を神から外(そ)らせる偽りの予言に対して警告を発しています。その超感覚を宇宙霊の層に向けて宇宙律の動きを把握した結果が真の予言なのであります。個人や民族の心の中に宇宙法則に反するものが堆積すると、宇宙法則は直ちにそれら一切を消してしまいます。

4
それは丁度(ちょうど)闇が光りによって消散させられる様に直ちに消えてしまいます。太陽は夜を消し、一本のロウソクが室内の闇を散ずる、何故なら、その大小の如何(いかん)に拘(かかわ)らず光りは周囲の闇に対し、その大小を問わず、無限の力を発揮するからです。

5
只(ただ)一人と雖(いえど)も、些少(さしょう)の悟りだにあれば彼を取り巻く否定、虚妄の予言、限定を消散する事ができるのです。何故ならかくの如(ごと)きものはそれ自体の中には何らの力をも有(も)たぬ薄い影にしか過ぎないからです。

6
従ってわれわれは破壊や災害などの予言を決して受け容れてはならない。大霊界をジッと見ていればそのようなものは消えてしまうものです

 

重要なことは 3 であり、ここで言う「宇宙法則」とは、艮の金神の言うことやビリー・マイヤーとコンタクトしているプレアデス/プレヤール人の言う「創造と自然の法則と掟」、そして『ラー文書』の説く「一なるものの法則」に通じている。

って、いきなりスピ系の話にシフトした感もあるが、これもなりゆきだ。

いずれにせよ、私たちは自分に入れる情報には気をつけなければならない。思考は必ず時間の中にあり、つまり因果があり、両極性がある。

思考する限りは時間からは逃れられないので、どうせ思考するのであれば、私たちに与えられている唯一の自由である「選択の自由」を駆使して、たとえネガティブな情報であっても肯定的にとらえようではないか。

ものごとにはどんなことにでも必ず両面あるから、とにかく前に進めるほうを選ぼうということだ。

ゼランドはこう言っている。以下、「振り子」という言葉を「ネガティブな情報」と置き換えても通じる。

 

もし目を覚まして問題含みの状況が生じた経緯を認識すれば、支えとなるものは自分自身の中に必ず見つけ出せる。問題は振り子によってもたらされた。そこには不可解な点は何もない。

危険なのは問題そのものではなく、問題に対してあなたが取る態度にある。もし問題の重要性を受け入れると、それはつまり振り子にエネルギーを与えることになる。問題含みの状況では、全力を振り絞って闘ったり、または両腕をだらりと垂れ下げて鬱状態に陥るよう、必ず振り子があなたに要求する。

どちらの要求にも応じてはならない。しかし、心の支えが失われ、自信も根底から覆されたら、いったいどうすればよいのか。

そのときは、振り子があなたを支配し、エネルギーをいただこうとたくらんでいることについて、自分は理解しているのだという認識の中に、支えとなるものを見いだせるだろう。

 

「振り子」でも「ネガティブな情報」でも、それ自体はまったく大したシロモノではないのだが、あろうことか私たちが私たち自身でそれに「力」を与えてしまう。

ゼランドは、その仕組み、メカニズムをまず知ろうと言っているのだ。

夜の学校の教室の暗闇に潜む幽霊も、掃除当番が立てかけた逆さまのモップだと知っていれば何てことはない。しかし、それを知らないで幽霊だと受け入れてしまえば、ただのモップは力を得て暗闇で動き出す。

「世界が在る」ということは、どこまで行っても「有」であるということだ。「無」とは単にその反対の概念の抽象的な表現にすぎない。つまり、「有」があるから「無」があるのである。その逆ではない。

ネガティブな情報はこの「無」に関係しており、私たちの想像力/創造力に引っついてくる影のようなものだ。影に力を与えてもしょうがない。

影に力を与えると、影が自分を引っ張り回すことになる。

すると今度は、影に引っ張り回されている人を察知して、ネガティブな思考を持つ “人間” が近寄ってきて、その人に影に関するありとあらゆるでっち上げの情報を吹き込み、影を通じてその人を操るようになる。

私たちは本来、好きなところへ歩いて行けばいいのだ。歩き続ける限りは影がつきまとう。だから、影にはただ自分のあとをついてきてもらえばそれでいいのである。黙って俺についてこい!ってなもんだ。実際、影のあとについて、いったいどこへ行けばいいというのだろうか。

でも、どこへも行かず、お日様がてっぺんにあるときは影はないよと言われてしまうと、はい、その通りですと言うしかないのだけれども。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です