あ痛たたたっ……

前回、ブログを書いて『おやすぴ』の収録に行ったはいいが、さてはじめようというか飲もうという段になって、録音機を忘れたことに気づき、また自宅に戻った。

なんとしたことかと落ち込みながら、どうも今日は間がわるいというか、今日に限らずここのところいろいろとタイミングをずらされている感があり、これは気をつけにゃあいかんぞと再度収録先の同好の士の事務所へとチャリを漕ぎながら思ったが、収録しているうちにというか飲んでいるうちに自戒も薄れ、無事収録を終えて上機嫌にチャリで帰宅している最中に、コケた。しかも二度。

個人的には、突然、目の前に電信柱が現われたからよけたわけだが、急ハンドルを切った勢いでつんのめって、アスファルトに崩れ落ちた。

脚だか腕だか胸だかをしたたか打ったように思うが、おーいて!おーいて!と言いながら立ち上がり、またチャリを漕ぎ、今度は前方によくよく注意をしながら走ったのだが、どういうかげんか、しばらくしたらまたコケた。

そのときは、ああ倒れるぅ~ということがわかったから、全身のエネルギーの流れに意識を集中し、できるだけバランスを保つようにエネルギーの流れを調整し、スローモーションを見ているような視界の中で、まず片脚を地面について、踏ん張って、仮に倒れても大丈夫なように受け身をとることまでも想定したのだが、踏ん張ったその脚力虚しく、再び地面に崩れ落ちていった。

単に、大酔っぱらいだったのである。

常日ごろから同好の士とは、酔っぱらいの自転車乗りほどアブナイものはないから、お互いに気をつけようと言い合っていたのだが、両者とも長年どこへ行くにもタクシー移動をしてきたギョーカイだったせいもあり、チャリで居酒屋に通う身になって日も浅く、さっそうと乗りこなすのはおそらく小学生以来かもしれない。

んなゴタクはもういいが、とにかく翌日、気がつくと脚と腕に青あざができ、左足の甲が挫いたように痛く、さらにアバラにヒビが入っているのは必至で、なぜなら、昔、ゴルフの練習に明け暮れていたとき、背中の肩甲骨の下のあたりが凝って凝ってしょうがないので、腹這いになってカミさんに背中に乗ってもらい、かかとで強く踏んでマッサージしてくれと言ったのだが、いっこうに効かないので医者に行ったらアバラにヒビが入っていて、え? そんなことがあるんですか? オレ、骨粗鬆症なんですか? と聞いたら、いや、スウィングするとけっこうな力で肩甲骨がアバラに当たり、それが続くと骨折することがあり、プロゴルファーでもよくあると言われたので、ああそうかと納得しながらも、いや、でもオレの場合はきっと、カミさんに踏んづけられて折れたんだとゾッとしたことがあり、そのときの痛みと同じだったからである。

ともかく、前回のタイトルを見たら「チェネリング」となっていて(もう直したが)、なんじゃそれって感じでうすみっともなかったが、あわてて書き散らすとやはりミスが出る。

でもまあ、徒然なるままに、ということで許してもらいましょう。

 

 

例のアメリカ大統領選あたりからメディアや大企業のトップが続々と辞任・退任しているとの話があるが、たしかにそうとも言えるが、ちょっと調べるとすでに 2010 年代からあったことがわかり、こんなに企業の CEO が辞めるなんてアメリカ史上初めてだなんて年もあり、トップの辞任劇が相次いでいるのはここ最近のことではないようだ。

まあ、アマゾンのベゾスだ CNN のザッカーだってのは企業自体がアレだから目立つが、今回の大統領選というか、反エスタブリッシュメント運動に実際に何か関係しているのかもしれない。

それにしてもジェフ・ベゾスとかジェフ・ザッカーだとかザッカーバーグとか、なんだかまぎらわしいな、名前が。

つまりは大企業のトップといってもやはり株主には敵わないわけで、業績不振やその他、何かしら企業に都合のわるいことがあれば事実上、簡単に解任させられるということだろう。

そりゃ一応、正式にはこうこうこういう理由でとか、法的な手続きみたいなこともあるのだろうが、要はクビだ。

だから業績にさほど問題がないにもかかわらず、辞任だ退任だとなる場合はそれなりの理由がちゃんとあるはずで、真の理由はよくわからない。

中には、会社自体が危ないんで、さっさと持ち株を売ってスタコラサッサとトンズラをかます御仁だってあるだろうし。

 

 

あとあれだ、昨日の地震にも驚いた。

たいていは、あ、地震だと思ってしばらくうかがっているとやがて収まるのだが、昨日のはなかなか長かったので、思わず棚を押さえたりしたが、東京では久しぶりである。

震源は福島県沖でマグニチュード 7.1、津波の心配はないということだったが、んなわけないだろ、早く逃げるんだ!とカミさんと叫んだが、海面が動くくらいで大丈夫だという。

そういうものなのかと訝しんだが、マグニチュード 7.1 と 9.0、震源域の範囲の差などでそうなるのかもしれないが、あらためて 10 年前の東日本大震災のすさまじさを再認識した。

それでも昨日の揺れは広範囲であり、震度 1 を含めれば北海道の稚内から島根県まで日本列島が揺れたのである。

 

 

数日前に Telegram にアカウントを作ったが、いまだ使いこなせていない。

というか、Telegram に登録したのは、リン・ウッド弁護士のメッセージを見たかったからだ。

リン・ウッドといえば、熱烈なトランプ支持者で知られており、民主党の不正選挙やエリートたちのペドフィリアを告発し、強欲な金融至上主義に反対する過激な保守派弁護士だが、こないだ彼の Telegram を YouTube で翻訳・発信してくれている情報を見たら、チャーリー・ウォードという名前が出てきて、デイヴとチャーリーは真実を伝えている、みたいなことを言っていたので、おろ?と思ったのだ。

ひょっとして、以前にちょっと紹介したジョセフ・グレゴリー・ハレットをインタビューしているデイヴィッド・マホニーと、その仲間らしきチャーリー・ウォードというとっつぁんのことかなと。

ハレットとは、自分は正統なイギリス国王の血統であるとし、ジョン王三世を継ぐべきであり、エリザベス女王その他、今の皇族はパチモンだと訴えている御仁だ。

で、そのハレットを追っかけてインタビューをしているのがイギリス人の映画プロデューサーであるデイヴィッド・マホニーで、過去記事で何度か取り上げたことがある

チャーリー・ウォードというのもマホニーのインタビューにときどき出てくるイギリス人で、表舞台からは退き、今はコンサルのようなことをやりながら、NESARA や GESARA は近いし、グローバリズムは終焉する・させるみたいなことを喧伝している人だ。

先のリン・ウッド弁護士の言う「デイヴとチャーリー」というのはこのふたりのことじゃないかと思い、しかもふたりがやりとりしている動画も Telegram 上に張りつけてあるとのことだったので、これは確認しなきゃならんなとアカウントを作ったのである。

結果、チャーリーはあのチャーリーだったが、デイヴはデイヴィッド・マホニーではなく、『 HIS GLORY TV 』というネット番組?を主宰しているデイヴィッド・スカーレットという牧師のことだった。動画を見るとこういう人物だ。

 

 

まあ、星条旗とイスラエル国旗が背後にデンとあり、本人も牧師だというからキリスト教が関連してくるのは当たり前だが、どうにもトランプ周辺にはキリスト教の保守派、しかも南部的な福音派というか、あまり詳しくないが、超がつく保守や右の宗教的信者が暗躍している感がある。

同好の士にも指摘されたが、トランプが大統領だったときのスピリチュアルアドバイザーにはポーラ・ホワイトというやはり保守派の説教師がついていたし、要はトランプには同じキリスト教でも批判もあるような、よくいえば本格派、極端にいえば狂信的とすらいえる人物が多く取り巻いているようで、聖書の言葉を穏やかに信じ、研究・修正していくというよりは、聖霊が降りて “異言” を発するペンテコステ的というか、いわゆる “霊的な体験” を発動しないと信者として認めない的な、ちょっとおっかないところがありそうなのである。

たとえば、ポーラ・ホワイトはこんな説教の仕方をする。

 

 

リン・ウッド弁護士の Telegram にも、オーストラリアの Hillsong UNITED というバンドの動画が張りつけられていたが、ヒルソングとはヒルソング教会のことで、キリスト教を賛美する楽曲を多く作ってはいろいろなミュージシャンが歌っており、教会の集会はまるでコンサート会場のようになるらしいし、最近ではジャスティン・ビーバーが入信したことでも話題になった教会である。

先のホワイト女史のパフォーマンスにしても、いわばラップのようなものであり、リズムに乗せて熱く説教することによって、本人と会場との一体感やグルーヴ感、エクスタシーを得ようとしているのだろう。

南部のもっとヤバイ教会なんかでは、子どもにハンマーなどを持たせて、悪魔なのか異教なのかわからないが、神を讃えながら何やらを叩き割らせるところもあるから、MTV 的な説教くらいはまだ可愛いものかもしれないが、ジャスティン・ビーバーではないが、今後、何かのアジェンダに則って、超人気ミュージシャンなどを意図的に作り出し、宗教というかカルト的な活動に組み込みはじめたら、信者をホールに数万人動員して興奮の渦に巻き込み、そのままどっかのデモに繰り出すなんてことすら起きかねない。

だいたいが今はディープフェイクといったデジタル技術も簡単に使えるから、野外コンサートで観客の盛り上がりが頂点に達したときなどに、いきなり天からイエスが降臨してきたり、UFO の集団が空に出現して空中携挙だなんてことになったら、これはあーた大変なことになりまっせ。

とりあえずは信教の自由ということが謳われれているので、人が何を信じようがいいのだろうが、自分が何かを信じていく過程については、自分で管理するというか、自覚的・意識的であったほうがいいと思うのである。

バカバカしいフェイクをまともに信じてしまうと判断を誤まったりするから、いや、過ちや失敗は誰にでもあるが、検証する基準や考証の基盤がないと同じことを繰り返してしまうのである。

つまり、その基準や基盤が大事だってことになるが、そうしたものがあるにしても、やはり最終的には自分の直観しかないわけだ。

自分で、こうだろう、と決めるしかない。

本を読もうが、人から言われようが、最後は自分で決めることになるのである。

いや、あなたが決めてくれたら、私はそれに従うからっても、その人に決めてもらうと決めたのはあなたなのである。

だからしつこいようだが、自分の道を歩いて行くには、自分の直観を磨くしかないわけだ。

直観を磨くには、とにかくこの世で体験を積み重ね、トライ&エラーを繰り返し、心や身体や霊性をきれいに維持していくしかないわけで、その方法・手法はいくらでも先人の知恵があるから、自分に合うものを見つければいいだけだが、今はその話ではない。

 

 

自分の直観といってもそんなに大げさなことではなく、たとえば今日の夕飯はどうしようかとか、どこで誰と飲もうかとか、やっぱやめようかとか、私たちは日々何かを決めているが、それは直観で決めている。

そしてそう決めた直観は、意識的であれ、無意識であれ、いろいろな影響を受けている。

その影響の結果、そう決めたのである。

あるいは、いろいろな影響はほとんどなく、放り投げたボールが空中で一瞬静止し、そのまま落ちてくるように、自然に決まったのかもしれない。

私たちは、自分の言動は自分で決めているように思っているが、自分の意識活動は絶えずさまざまな影響を受けているのだ。

何かをしようと思っていても、そのときの気分によっては正反対のことをする場合があるし、あるいは同じことをするにしても、気分によってはうまくいったりはかどったり、失敗したり、なかなか進まなかったりする。

これはみな、チャネリングによってそうなるのである。

 

続く

2 thoughts on “チャネリングについて 2”

  1.  西塚裕一様

     まず思ったのは、「熱狂」という一過性の祭りは、その中心人物に誰の名前を持ってこようと、「いや、あなたが決めてくれたら、私はそれに従うからっても、その人に決めてもらうと決めたのはあなたなのである」ということに「自分」が気づく貴重なプロセスだと思います。もちろん、プロセスそれ自体は、どこまでも一過性のもので、《「自分」が気づく》ということが決定的に貴重なことであり、その気づきによって、一過性のプロセスは鎮魂の中で反省を通して「一過性」を超えた意識の波動域へ顕在意識を向かわせる役に立つと思います。そして、地球滞在を何回繰り返そうと、他の惑星滞在を何回繰り返そうと、その気づきの旅が紆余曲折を経ながら続くと思います。その紆余曲折においては、プロセスがどうであろうと、その道は《「決めたのはあなたなのである」ということに「自分」が気づく》プロセスという意味でとても貴重だと思います。

     トランプ革命は、(そこに参加される皆様の最奥の意識レベルでは明確な自覚をお持ちでありながら顕在意識レベルでもその自覚が共有されているのかは個の選択次第だと思いますが)一元論プロセスにおいて貴重なプロセスだと思います。そして、そのプロセスを歩む皆様の心の支えとしての聖書にバチカンの「偽りの贈りもの」の犠牲者としての自分を見出されることになる(その直接の契機が宇宙人グレイによってもたらされるのかどうかは分かりませんがとにかく避けられない近未来においてその認識に直面される)皆様が、《決めたのはあなたなのである」ということに「自分」が気づく》ことによって、自己を「被害者」として位置づけることを拒否する深化の旅が控えていると思います。そしてそれが「偽りの贈りもの」であろうと新約聖書には紛れもないイエスの聖なる言葉も含まれているのですから、その聖句に支えられた魂が苦難の人生を乗り越えて「偽りの贈りもの」の外に出て魂の自由を見出される場合もあると思います。

     リン・ウッドは、弁護士としての人生を2020年11月3日以前においてセミ・リタイアすることを考えておられたようですから、ドミニオン社から訴えられたシドニー・パウエルの弁護活動に新たに参加する活動や共和国復活の弁護活動の残りをクリアされたら、伝道師になられるかもしれませんね。

     好本健一

    1. 好本様

       
      ポストありがとうございます。

      そうですね。人はそれぞれの道を歩みながら、何ごとか学んでいくのでしょう。

      宗教は、特に西洋におけるキリスト教は、宗旨論争やその他の思惑の果てに教派的となり、すさまじい歴史を歩んできました。今なお聖書の解釈にはいろいろあり、以前にも記事にしましたが、『創世記』の第一章にある語句の解釈ですら統一されてません。おそらくキリスト教は今後も細かく分裂し、カルト化していく可能性があると思っています。

      個人的には、欧米を主軸にするスピリチュアル情報では、もはやにっちもさっちもいかない状況になっているのかなと思っています。スピリチュアル情報とは、キリスト教に代表される宗教はもちろんですが、いわゆる宇宙人や高次元存在などの情報も含んだものです。

      どうしても世界はまだ欧米を中心に動いているところがありますから、特にアメリカの政治経済的な状況などは世界の人々の耳目をひくわけです。ですが、これから世界がどのように動いていくにしても、日本文化にある「心」(としか、今の私には表現のしようがないのですが)が間違いなく鍵となっていくことはわかっていますので、今後も発信できる範囲で(私なりに検証済みの状態でという意味です)記事にしていきます。

      いろいろとご意見を賜れば幸いです。

       
      西塚

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