前回、『 TENET 』に出てくる “アルゴリズム” に関して触れ、また映画『メッセージ』のことにも少し触れた。

『 TENET 』はタイトルが回文になっており、“N” を中心に左右どちらからでも同じように読める。

映画『メッセージ』にも、主人公の女性のまだ生まれていない娘 “HANNAH”(ハンナ)が登場し、やはり名前が “NN” を中心に回文となっているということと、地球外生命体の文字が円を描き、どうも地球の “線” 的な時間という概念はなく、彼らにとっての時間は過去も未来も同時にあるような “円環” 的なもののようだということで、なんとなく両映画にアナロジーを感じたわけである。

そして円環的なものは、はじまりもおわりもなく、円でいえば円周上のすべての点が同時に “在る” ともイメージできる、といったようなことの象徴としてもあり、両映画は片や時間の順行・逆行を通して、片や地球外知性らしきものの言語を通して、リニアな時間の進行の概念や、果てはリニアな “思考の形” をも変容させる “アルゴリズム” の受容が、テーマの一つとなっているという共通性もある。

実際、ここ最近は「アルゴリズム」という言葉がよく聞かれるようになっており、いわゆるスピ系界隈でも使われているようだが、それは従来なら “方法論” とか “メソッド” といわれているものとほぼ同じ意味のものだ。

しかし、中には “型” や “作法” といった概念もちゃんと取り入れた意味で使われている場合もあり、それは今、実は人間の “思考” が新しいレベルとしてのある種の “身体性” を獲得していこうとしていることをきちんと反映させており、昨年の『 TENET 』の公開はいみじくもそのことをよく現わしているのだと私は思う。

ちなみに、『 TENET 』に登場するアルゴリズムは、未来の科学者によって 9 つに分解され、主人公らのいる過去の世界に隠されていたようだが、セイターはすでに 8 つを手にしており、最後の一つも手に入れることになる。

この “ 9 つ” に分けられているということもなかなか興味深い。

9 つに分けられたものを、誰かが 1 つにまとめて扱うわけだ。

つまり、9 を 1 が統合するというか、支配する。

太陽系宇宙でいえば、太陽が 9 つの惑星を従えるといったようなことだ。

しかし、ご存じのように太陽系の 9 番目の惑星だった冥王星は、2006 年に準惑星に格下げされた。

そのへんのすったもんだはまた別の意味でいろいろと面白いのだが、一般的には太陽系の惑星の数とか、冥王星が準惑星になったことなどそれほど関心がないだろうから、水・金・地・火・木・土・天・海・冥か冥・海かはともかく、なんとなく太陽系には 9 つの惑星があるってことに意識的にはなっているだろう。

紋でいうと十曜紋(じゅうようもん)みたいなもんだ。

 

 

真中に 1 つの円(太陽)があって、周りに 9 つの円(惑星)がある。

全部で 10 個の円。

十曜紋は出口直・王仁三郎の大本の神紋でもある。

ちょっと面白いエピソードがあって、大本の前身の「金明会」の神紋は初めは九曜紋だった。

真中に 1 つの円があり、周りに 8 つの円がある。

 

 

だが、金明会の広前(ひろまえ/神に対する場のこと)を新しく移すとき、遷座祭を行なおうとして祭典用に高張提灯を注文したらしいが、それができあがってくると指定した九曜ではなく十曜の紋になっていた。

金明会の役員たちも「ありゃ?」となったわけだが、さっそく出口直の筆先が出て、

 

上田喜三郎(※出口王仁三郎のこと:西塚)どの大もうなお世話ようできたぞよ。
そなたが綾部へまいりたのは、神の仕組がいたしてあること、
九曜の紋を一つふやしたのは都合のあることざぞよ。
今は言われぬ。
このこと成就いたしたら、お礼に結構いたさすぞよ。
この人が誠の世話をいたして下さるのざぞよ。

 

とのことだった。

艮(うしとら)の金神が言うには、出口直の筆先に現われた艮の金神を世に出すために王仁三郎を綾部に呼んだのは、神の仕組であり、また九曜が十曜になったことも神の意図であるが、それに関してはまだ言えないというのだ。

1899 年(明治 32 年)のことである。

つまり、王仁三郎が来る前は、真中の 1 つの円が 8 つの円を従える九曜紋だったが、王仁三郎が正式に金明会に関わるようになってから、真中の 1 つの円が 9 つの円を従える十曜紋になったということだ。

ちなみに冥王星が発見されたのは 1930 年だから、このころはまだ太陽系には海王星までの 8 つの惑星しかなかった。

そして冥王星といえば、やはりヌーソロジーの OCOT(オコツト)ということになるが、半田氏とオコツトとの間にこんな交信がある。オ=オコツト、コ=半田広宣氏だ。

 


(略)(ビリー・)マイヤーがコンタクトした宇宙人はプレアデス星団から来たと言っています。それも人間とそっくり同じ形態を持った宇宙人だったということなのですが、プレアデス星団の中に地球と同じような環境を持った惑星が存在しているのですか。


その情報は少し歪曲されていますね。


歪曲というと……………?


そこで言われているプレアデス星団というのは新たな性質(※簡単に言えば、人間を作り出す意識の方向性のこと:西塚)の投影のことですから、位置の次元の呼び名としては的確ではありません。


どういうことですか。


次の次元における完全性質(※人間自身が持つ働きのこと:西塚)の機能を持つものが太陽系においては第十番惑星として存在させられているということです。


はぁ…………?


プレアデスというのはあなたがたが考えているような存在ではありません。太陽系の第十番目にあたる惑星のことだと言っているのです。


第十番惑星………太陽系には第九番惑星までしか存在してませんが……?


今はまだ交差が生み出されていないだけです。定質(※簡単に言えば、意識進化の方向性:西塚)の力が生み出されてくれば、もうじきあなたがたにも見えるようになるでしょう。そのとき、オリオンの関与が完全化し、あなたがたの意識はシリウスへと入っていくのです。


…………?

半田広宣氏『シリウス革命』より

 

冥王星のオコツトによると、太陽系には第十番目の惑星があり、やがて私たちにも見えるようになるということである。

となれば、1 つの太陽が 10 個の惑星を従えることとなり、先の神紋でいえば、真中の 1 つの円が 10 個の円を従える「十一曜紋」となる。

このことに関連するかどうかはわからないとしておくが、『日月神示』にも以下のような箇所がある。

 

太陽は十の星を従えるぞ、原子も同様であるぞ。
物質が変わるのであるぞ、
人民の学問や智ではわからんことあるから早う改心第一ぞ。
二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の神宝(かむだから)にヽを入れることであるぞ、
これが一厘の仕組。
二二となるであろう、これが富士と鳴門の仕組、
七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、成り成りあまるナルトの仕組。
富士と鳴門の仕組いよいよぞ、
これがわかりたならば、どんな人民も腰ぬかすぞ。
一方的に一神でモノを生むこと出来るのであるが、
それでは終わりは全(まっと)うできん、九分九厘で厘止まりぞ、
神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、
卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、
助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。
用意はよいか。
このこと大切ごと、気つけておくぞ。
成り成りて十と開き、二十二となるぞ、
富士晴れるぞ、大真理世に出るぞ、
新しき太陽が生まれるのであるぞ。

『五十黙示録』第六巻「至恩之巻」第十六帖

 

ここではまんま、「太陽は十の星を従えるぞ」と記されている。

つまり「十一曜紋」だ。

このシリーズの最初に、神の経綸としては、「 1 → 2 → 3 」「 3 → 4 → 5 」「 5 → 6 → 7 」「 7 → 8 → 9 」と進んでいくとしたが、その先の「9 → 10 →11」につながる話でもある。

まあ、ちょっと脱線気味というか、このまま別の話に突入しそうなのでやめるが、ここではとんでもなく重要なことが話されている。

映画『 TENET 』に戻れば、9 つに分けられたアルゴリズムを 1 つに統合しようとした、あるいは従えようとした(つまり十曜紋)セイターを含む未来人?たちの思惑というか我欲を、最終的には主人公( J.D.ワシントン)が “主役” になる決意・選択をすることによって、さらなる新しい統合・支配(つまり十一曜紋)をするという話かもしれないのだが、それはどういうことなのか。

まだ続く。

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