たしかに、あまりにもバカバカしく、家族にはとっくに見放されてるというか、いつものバカさかげんということなのだろうが、要するに私の醜態にも顔を曇らせながら冷静なのである。

いや、詳しくは日時も言わないが、ある重要な打ち合わせがあり、私は痛風の足と手首を引きずりながらのこのこ出かけたのはいいが、みなと痛飲し、気がつけば地下鉄の終電がなくなり、こりゃ JR しかないなとどこをどう歩いたのか、というよりよく歩けたものだと思うが、いつの間にか飯田橋駅を通りすぎて、神楽坂を上ったり下がったりしている自分に気づき、途中、酔っぱらってぶっ倒れているアンちゃんをなすすべもなくボーッと眺めている連れのアンちゃんを見かけたので、おい、大丈夫か?と声をかけたのはいいが、どう見ても、アンタこそ大丈夫なのか?と彼の顔にはっきり書かれていたのでそのまま立ち去り、結局は、神楽坂じゃないなあれは、おそらく目白通りだろうが、大きな通りに面しているコンビニの前で始発までうずくまっていた。

と言っても、ヒマだから、ときどき客のいない深夜のコンビニに入っては用もなく店内をウロウロし、バイトの韓国人のアンちゃんにあいさつしてまた外でうずくまるということを繰り返していたが、そのうちウトウトしていると目の前をガラガラとキャリーバッグを転がしていくおネエちゃんなどが通りはじめ、ああ、もう仕事だか旅行だかに向かう人たちが活動する時間なのねとウロンな目を向ければ、総じて彼女ら(彼らも含む)からはコイツとだけは決して目を合わすまいといった確固たる意志を感じたので、白じらとしてきた空の下、人通りがないところをねらって立ち上がり、そそくさと飯田橋の駅へと向かった。

気温が暖かかったことがせめてもの救いであり、でなければどうにかなっていたかもしれないが、まあ無事に帰宅し、そのままベッドに倒れ込むわけだが、昼前に起きたら左のおでこが異様に腫れており、かつ右のアバラ骨の奥がすざまじく痛かった。

もちろん痛風の痛みもまだあるから、何というか…もはやホラー映画のような動きしかできなくなってしまっていたのである。

その状態をもって、冒頭の家族の表情その他となるわけで、それでもその日は午後に打ち合わせがあったから、いろいろ取り調べを受ける間もなく新宿へと向かい、その夜はまた毎度ばかばかしいお笑いを一席といったことになるから、これを読んでいる方たちもいいかげん呆れるだろうが、ものごととは重層的であるし、ことの本質はどこにあるのかということは絶えず見ておかなければならない。

つまり、六十路を超えた私ごときの酔っぱらい放浪記のうちにも、世界と人類のゆくえを見すえた議論や考察が飛び交い、ときには雷光のごとき啓示が轟くわけで、その一部始終は基本的に記録・確保され、洗練された情報として関連各所から発信・配信されることになるのである。

しかしながら、いまだに痛むアバラの奥と左手首だけはどうしようもなく、もろもろの作業に支障を来たすに至っては猛省しきりだが、当たり前だがなすべきことをなすまでのことだ。

 

 

啓示とは何か、神託とは何か、ということだが、一つ『日月神示』でいえば、「黒鉄(くろがね)の巻」第 14 帖にこうある。

 

悪の総大将は奥にかくれて御座るのぞ。

一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて、

世界をワヤにする仕組、もう九分通り出来ているのぢゃ。

 

つまり、そういうことだ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です